キジの鳴き声、面白い説
カードわ。(挨拶)
つきましては、カード(自分の名前のこと)の通常的なカード(記事のこと)です。
先般より書いているカードは、テーマカード(何らかの目的のあるカード)だったので、
割と放言、熱的に頭の中をうごめいている文字熱や会話熱の発散が成されませんでした。
つまり、つまり、久しく何もノーテーマテーマで書くことはなかったのですが、それを行う機会です
最近、松本人志が衰えたことが何よりも悲しいな
バランス感覚が完全に崩壊したように思える
2年前くらいに「鶴瓶&松本&ウエンツの電話帳から消せない人」という番組を、
ちょうど最近見たのですが、そのときの松っちゃんはそこまでひどくなかった
思うのが、「鶴瓶」みたいな上位者がいると松っちゃんの立ち回りが安定する気がする
「ツッコまれる」ボケのバランス感覚が復活して、だいぶマシなボケが増える
そういったバランサーがないときの松っちゃんは、完全にバランスを喪失している。
思うに、いままでの松本人志は完全にバランス感覚が秀逸かつ、バランス感覚を「作成」する側にいたと思うんですよ。
いまや、何らかの理由によってそれが喪失され、「過去の経験」や「チャレンジ精神」といったものを間違った方向に振りかざして、
ボケようとするようなきらいが幾らか見受けられる気がしています。
-----------------(引用ココカラ)-----------------------
元サッカー日本代表でタレントの前園真聖(45)が7日放送の
フジテレビ系「ワイドナショー」で、麻薬取締法違反の罪で
起訴されたテクノユニット「電気グルーヴ」のメンバーで俳優のピエール瀧被告(51)について、
「もう1回チャンスを与えてくれる社会であってほしい」と訴えた。
前園は2013年、酒に酔ってタクシー運転手の男性に暴力を振るった
として逮捕されたが、社会復帰した経験がある。
「僕も謝罪の経験がありますので…」と切り出した前園は、
ここで吹き出して「笑っちゃいましたけど」と言うダウンタウン・松本人志に、
シリアスな表情で「いや、笑うところじゃないですよね」とピシャリ。
-----------------(引用ココマデ)-----------------------
こんなところで笑うのって、「インモラル」行為でありますが、バランスを欠いていませんか?
インモラル行為に笑いの鉱脈があるのは今までの経験や足跡から当然すぎることとして、
他者の話を遮る、というエネルギー行為である、という点でもう既にインモラルポイントを使用しているのに、
更に「前科の経験からしようとする話を笑い飛ばす」という点でもインモラルポイントを使用しています。
ただ、ここで問題となるのはそのインモラルポイントの使用という点ではなく、
「ツッコミの確約がない」ところから切り込もうとしている点です。
ここで、平場に浜田やフジモンが控えている場だったら理解できます。
絶対に、笑いの土壌を作って、そこの地平の上でボケに行かなきゃいけないのに、それをしていない。
本来なら、ある程度のフリや、平坦化が進んだ場所でボケる、というのがベターです。
そうしないと、急に騒ぎ出す奇人的なものと、何ら差異がありません。
笑い出す、という自制ができないのも、「迷惑な小ボケ」を振りまいて、「肝心の大ボケ」への信頼度を薄くする行為に感じられる。
これを、老化などの有り体な言葉枠に当てはめて、片付けようとすれば、簡単は簡単です。
ただ、僕は本当に悲しくて、認めたくないのです。こじつけてでも、松本人志には理由がある、としたいのです。
僕は、だから、これは、ある意味、松本人志なりの「破壊行為」ではないかと思うわけです。
松本人志は、ボケの最先端であり、パイオニアであったわけです。
ただ、今までは「開拓者」であったわけです。いかに、確実に、間隙に笑いを差し出せるか、という作業。
「確実に」というポイントの硬度が高いゆえ、松本人志がすごい、とされている所以である。
そして、そのバランス感覚は、周りの状況を察知することに長けている、という点で成立していた。
つまり、ここで〇〇がツッコんでくれる、という状況が見いだせた時点での行動を取ることができるのだ。
ツッコむ人が不在の場合や、信頼が寄せれない場合、すぐに撤退できるのが松本人志だ。
絶対に滑りそうなインタビューとかなら、「あ、そうですか」とうっすらとした照れ笑いを浮かべながらその場をやり過ごす、
そして後日その映像が衆目に晒された場合の「見え方」も計算できる人だ。
VTRでそれを芸人たちが見て、笑いものにする、という場合にも「耐えられる感じ」を作るのだ。
ただ、そうならない昨今は何か?「破壊者」かつ「創造者」になろうとしているのではないか?
恐らく、松本人志も、自身の「老い」は自覚し始めているだろう。そうなったときに、今まで自身がしてこなかった、
「破壊活動」に着手するのかもしれない。
ドキュメンタル、Freeeze などの活動は記憶に新しいだろうが、松本人志は、「既成」を破壊したがっている。
確かに、多くの表現者は「破壊」を検討することはあれど、今まで通りを行えば、確実に面白い状態をキープできたかもしれない、という地位の
「松本人志」が行うのは、確かに少しスパイシーだ。
そんな活動の中のひとつが、「結婚」であり「ワイドナショー」なのかもしれない。
絶対に、面白い状態を減らしてしまうであろう、損な戦だ。
ただ、「破壊者」松本人志は、そんな領域に切り込んで、「(勝算がないため)実際には見てこなかった風景を確認しに行く」のかもしれない。
そして、その中の活動のひとつが、「スベることを言う」や「迷惑なことをする」や「ツッコミがいない状況でスベりに行く」のかもしれない。
「松本人志が絶対にスベるであろうと判断した」世界を見に行く作業なのかもしれない。
これは、松本人志の判断により、今まで見てこなかった風景を確認して、そこを破壊して新しい世界が見たいのかもしれない。
ただ、ひとつ言えるのは、「松本人志が絶対にスベるであろう」という部分を確認しにいったとしても、
そこに鉱脈は無いのかもしれない。
何故なら、「松本人志が天才だから」である。「松本人志が絶対にスベるであろう」という判断が正確すぎて、
そこに破壊の余地を探索しに行ったとしても、笑いの鉱脈を掘りに行っても、何もないのだ。
「松本人志が絶対にスベるであろう」と判断した領域だから、当然なのだ。
松本人志は老いに伴い、、「自己破壊」による新しい自身の錬成を試みるのかもしれないが、
「従来が完璧」であると、新しいモデルチェンジをすることは、ほぼ不可能なのだ。
じゃあ、今引き返せばいいのだろうか?元の松本人志に戻れるのだろうか。
悲しいことに難しいかもしれない。松本人志は、ナイーブという側面がある。
環境も変わり、自己変革を試みよう、とした都合上、「もとに戻る」ことはできないのだ。
ピンと張り詰めた神経が、今までの研ぎ澄まされたバランス感覚を担っていたのだとしたら、
一度緩んでしまった分、難しいのかもしれない。
変化 は簡単でも、複合 は難しいのだ
松本人志の、今後の変化を見たくないが、現実、として受け止める準備をしておかなければならない。
この変化に対する悲しみを乗り越えたら、だいたいの変化が乗り切れる気がする。
いや、日常を何か書くと思っていたら、松本人志に関する悲しみが濃すぎてよくわからないやつにになってまった
フンドシ
急にカタカナで表記することが1割の確率の単語が出てきて終了(カード)
2019年4月9日火曜日
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