街裏ぴんくの第2回単独公演「漫談」を見に行った。
とにかく良すぎて良すぎたな。
まず触りではアンケートをみんな終わってから書くということについて常識を問うている。
街ぴ(呼称が安定しない)はとにかく根底を疑ってかかってくれる。
表現として、多様なものに触れていくと、どうしても型にはまったことや、決まりごとや定型句は生まれてしまう。そんな枠組みを全て疑ってかかって、独自の審美眼で必要なものだけを残したような構成。
街ぴは巧みな話術で、ものの少しの時間で異世界へ誘ってくれる。恐ろしいのは、異世界に暮らす人が異世界に息づいており、しっかりと異世界の中の世界のルールに基づいて生活をしていることだ。
その中で、主人公の視点の人間が異世界と現実の橋渡しとして、いまの現実の温度をほんのり保ちつつ異世界に順応していく。
これはもはや大作映画のやり方だ。
途中、女二人にネタをせがまれネタをやる、というシニカルなネタを見せてくれたが、こうしてフォーマットからも楽しませようとするエンターテイメント精神、これはやはりライブのこだわるのも納得で、とにかくその場の人を楽しませようという考えも根幹にある証左になると思った。
しかし、そのフォーマットで楽しませてくれて、すごいな…と思っていたが、そんなのは単なる序章に過ぎなかった。次の普段のマイク1本でのネタに戻ってからそんなフォーマットで揺さぶりをかけて面白いと思っていたことが恥ずかしいと思えるほど、圧倒的なワードセンス、想像力を持っていままでにない笑いを提供してくれる。その足取りの力強さったらなく、語感、空気、呼吸で支配していく。その場の全員の心臓を一握りにして掌握しているかのような。皆、街ぴの一挙一動に目が行き、街ぴの笑って欲しいボケの着地をしっかりと受け止めることができる。
滑り止めの飛行場で理解者を見つけたと思うや、「飲もう!!!!!!!!」と服薬を覚悟するシーンなど、もはやこれは作り物じゃないんじゃないか?というような、世界に生きている人間のリアルな狂気と言うか、ある種の逸れた常識が納得性を持って殴りかかってくる。
異世界に行ったことを我々に証言できる、稀有な存在、それが街裏ぴんくなのかもしれない。
バウ という架空のアニメの話では、架空のアニメの架空の面白かった回を創造して纏めてしまう。こんな真似をされたら、神でしか太刀打ちが出来ない。テレビの限られたコンテンツの面白いと思った回を競うように報告し合うような真似をしている我々がどれほど矮小な存在かをわからされてしまった。架空のアニメのをの面白い回を報告し合う方が面白いに決まっている。
確かに、そんなことを細切れにインターネット上やひとネタの一節で切り取って行える人は多くいるかもしれないが、それを一つの話に纏め上げ、一本ストーリーの筋を通して、その構成力で纏め上げ
さらにはそれを発展させ新たな世界を作り出す、こんなことは街裏ぴんくでしか出来ないだろう。
街裏ぴんくを知れたこと、街裏ぴんくがこうして面白いライブをやってくれていることに全幅の感謝をすると共に、こうして街裏ぴんくが痛烈に血沸き肉踊るほどに面白いと思えるタイプでいれたことにひたすら幸福を感じる。
さて、そろそろ死んで見ようと思う。常識を疑って、笑いの萌芽が起こるかもしれないのは街裏ぴんくが証明してくれた。
※追記 バウは実在するアニメの話だそうなので、ずれた感想をお許しください。
※追記 バウは実在するアニメの話だそうなので、ずれた感想をお許しください。
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