2018年6月26日火曜日

かつまたくにかず

ひたすら無為な日が多いわけで ここに何かを書くわけでもなく、
理由もなく今日がひたすら暑いだけで、それが無為であるという諦念感に包まれている。
暑いことに耐えているだけで殊更に偉い!!!!!!!!!!ということになればいいのに…
そうならないのはみんなが同様にそれに耐えているからであり、みんなからの差分を頑張って生み出してそれを書いて、無為をやめなければいけない。

無為であったことをひたすらに書くことは意味がないのだろうか?
そもそもこのブログは自由に放言する "河川敷のコンクリ壁" みたいなつもりで作っている。
何が書かれていても 気にしないだろう
河川敷のコンクリの壁にポップな感じでスプレーで Docter って書いてて面白かったことある

ますますカードです(挨拶)

前回書いた記事を、おお訓戒的と思って、「書いたよ!」の報告をしたのだけれども、
思った以上にいいわねぇ!ボタンがついて慄いてしまった
毎回あんな風な考察をすることばかりをすると思われたらかなん
かなわんをかなん という方言が好きなんだよ俺は
(しっかしその前の記事がマスメディアへの不安というキチガイがよく取りざたする案件で、タイミング最悪すぎるだろ、多分数人は見てしまっただろ)

ということで体裁として毎回の前提を言うと、
カード(人物)が「日々」をやり、ワ~と思ったことをつら書きする石板がこれ(ブログ)です。
なので、毎度"何か"があるというわけではないので、自由に見たいときだけ見てもらえればいいんです。
毎回、必読性という独自の基準(過去記事に示したことがある)をもって、この記事を読んでほしみを表しているので、
それをもとに読むかを検討して欲しいです。前回の記事は示すのを忘れましたが、★3.5 程度でしょうか。
今回は★1 くらいなので、暇ぃ(ひみ)が強い人が見る程度にしてもらいたい。
牛の肉の部位や内臓の部位の"名称を記憶する"くらい暇な人が見ればよい

なにが ギアラ だよ

カードさす(2挨拶)

あー何もない日は無為ぶりを書くしかない
無為を書くことに有為がないか確認をしないと無為がひたすら無為で
暑さに殴られただけの日だ
今日は暑い、30度を超える日は1年に5日と決まっていれば、特別感があってみんなはしゃぐだろうし、
その日のみ、開放される特別なプールがあれば、みんなそこに行きたがるだろうし楽しみポイントが稼げる。
楽しみポイントをたくさん集めるとシャンプーかリンスが貰える。
暑い日を単に過ごす際、反骨精神だけしかなく、無駄に長袖だけを着ている。
意味がわからないのだが、何かに勝とうとしているらしい。
無意識が行動を決定する要因になることが多々あることにふと今気づかされる。

暑い、と思いながら食事をする場所は近所に富士そばしか無く、富士そばしか無いということは、
"""""""""混んでいる"""""""""""""""

需要があるんだから富士そば以外も目をつけろよ、富士そばが勝ち続けている駅になって欲しくない

ということでコンビニに入りからあげ弁当を愛でて(購入 を 愛でる って呼ぶタイプのキチガイがいる可能性、あるよね)オフィスで食べることにした
あの兄ちゃんからあげしか食べない…気持ち悪いよと店長から評されることもなく、
毎日変わるバイトから購入をしたことで若干の安寧を得た。
ただ、このからあげの件が、日本人に落とした闇は甚大すぎると思う。
知っていますか?殺人犯の近所で聞き込みをしたら、弁当屋が、「あの兄ちゃんからあげしか食べない…気持ち悪いよ」と評したんですよ

知っている人らは、それを意識して、「特定されぬよう別のものを買わなければならない」という意識が刷り込まれ、
無駄に「ブリトー」や「カフェオッレ」などを買うことを強いられてしまう
今日も消費する

コンビニでは毎度のような特徴をたずさえた人間はあだ名がつく という都市伝説的な風潮もその恐怖に拍車をかけている
絶対に同じものを買わないぞ、という「コンビニの"売上傾向学"を無効化するモンスター」となって"消費者"をしている。

ただ、その同じものを買わないという方針も限界があるし、もし、「月曜パスタ、火曜カレー、水曜からあげ、木曜パン類」のような
パターンナイズされた購入カモフラをしていた場合、パターンを看過された場合の危険性がすごい。

毎回からあげだから、からあげ野郎等のシンプルネームではなく、創造性の幅をかなり広く持たせた状態であだ名の選択を与えてしまう。
ともすれば、店員のセンス如何ではどうとでもなってしまう。"行かない曜日"を見られて "無の金曜"と呼ばれてしまうかもしれないし、
"総合的に摂取できている栄養バランス" をイジラれて "ビタミンB1との決別"  と呼ばれてしまうかもしれない。

乱数表をもって、コンビニにいかないとならない。乱数できめないとならない。
しかし、乱数をもってコンビニで購入をした場合、過分なサイズのタイツやゴルフ雑誌やぬれおかき を購入することになり、それはそれで
「急遽発狂?」のメモが取られてしまうこと請け合いである。

もう、逆に、あえてあだ名を誘導してしまうのはどうだろうか。予約注文で、マイケルジャクソンの、「This is it.」を30枚予約すれば、
マイケル関連で呼ばれることが想像される。ただ、this で呼ばれるかもしれないし、it で呼ばれるかもしれない。it はやだな
それでスリラー と呼ばれたら一回コンビニを巻き込んでスリラーダンスを本気で撮影してバズってやるからな、覚悟をしておけ

コンビニで毎回ここまで考えている、本当にどうかしてしまう
今日も消耗する

外に出ると暑いし、更に暑い気がするので、一瞬の涼の貯金をすぐに吐き出してすぐにマイナス域に達してしまった。
継続的に激マズ荒廃薬を食べなければいけないときに、一瞬うまいカレーパン を食べたところで、
激マズ荒廃薬に戻ったときの辛さのほうが勝るというような理論をした。

毎日、移動をしている。毎日しているのだから感慨が消えており、いかに時間を忘却できるかという点に終始して精神を殺すが、あまりにも過敏すぎてそうならない。
人の乗り降りや、周りの環境に気が入ってしまい、時間を忘れることが無い。
鉄棒を設置して、懸垂をすることにより時間も過ぎるしダイエットもできるヘルシー車両を作れ

最近買ってよかったものの一つに「ワイヤレスイヤホン」があるのだが、それにより周りの音が気にならなくなったのがだいぶありがたい

「音に弱い」から

よく思うこととして、ファミレスや居酒屋などで、友人と3人で入ったとして、"会話"しますよね、普通、多くは

その会話時に、周りの音や声が気になって聞けていないときが、人に比べて多すぎる気がする。
本当に周りの会話だけウワーーーーーーーッと聞こえて、ボーーーー… ボゲェ… パエーーー…としているときが多いです。

この現象に共感してくれる人、"対決" しませんか?どの程度周りが気になるのか選手権じゃい
ファミレスで普通に会話しながら周囲の会話をより多く聞けていたほうが勝ちである

"対決" で思ったが、人と本気で、本当の本気で、勝つ!!!!!!!!!!気で戦ったことってないな
勝てない、ということが前提にあり、勝てないことに慣れているし、もし勝ってしまった場合、"負ける"人がいるというのが"勝負"の欠点だ
勝負 を作った人は下手すぎる
勝ち と 負け の表裏を一体にすることで勝った人石の下には負けた人虫であるみたいな関係性を自動で作ってしまった。
なんだこれ意味不明、下手、カス、石板(ブログ)やめろ

あと、ピンチの裏にはチャンスありみたいな適当な言葉で、"名言感" 出して状況煙に巻くの、やめない?
「ピンチ」という性質に「チャンス」が付いて回るかはその問題の性質次第で、100%そうだとは言えないだろ
日常的に「チャンス」は内在しており、それを表面的に考慮しないだけだっつーの(理知のジャイアン)

移動が終わり、食事も終わったので、人間活動としての1日は終わった。
あとはお金活動だけして終わりです。

あざっした

この形式のブログ、"今日"はいいけど"明日"はないな、毎日同じことを思うだけのbot だから

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