うなぎ、うなぎ
鰻は絶滅しそうだから、食べるのをやめましょう。お願いします
カードわす。(挨拶)
普通、絶滅が心配される「トキ」を食べている人がいたら
「ギョエーーーーーーーーーー!?!?!?!?!」となりませんか?
(ウナギとは絶滅のカテゴリが違うくて、トキのほうが希少なので完全な例えではありませんが、
心意気の問題としての例えで)
普段から食用に転じている生物が絶滅の危惧に隣しているという時の実感が湧かないのか、
ふっつ~にウナギを食べまTVしてるのが「ソワソワ!!!!!」してしまうんですよね…
自分はウナギが苦手でいて、まあ、食べられるのですが、好物でござるよ~と語る種類のものではないので、
食べ物としてのウナギがなくなっても一切困らないというか、食堂に行って、全く食べたくもない日の、例えば、あんかけ焼きそばとかだった場合の、
「Aランチ終了でーーす!!!!!!あんかけ終わりでーーーす!!!!」と同じ感想しか無いような気がします。
ほーんそうか
でしかない
ただ!!!!!!!なんでかわからないのですが、生態の種が終わるとなると
「ソワソワ!!!!!!!!!!」してしまう
とにかくそれでしかない
なんで普通にウナギを食べたり獲ったりしているんだ
いや、別に確固たる理由があるわけではないので、「やめなさい!!!!!!!!!!!!」と言って
マスターハンドみたいなでかい手でつまみ出して「サバうまし星」でサバを食べてもらいたい
エゴでしかないので言えないのですけれど、絶滅を回避するために「食べないは最適!」となってくれれば、それを主張するのですが…。
何も中身が無く声がでかいだけなので人様を制限しようというだけとなってしまうので、
やめたらいいことがあるかどうかを探してきます
一説にはYRP野比に理由があると聞いたので、行ってくることとします
2018年6月27日水曜日
2018年6月26日火曜日
かつまたくにかず
ひたすら無為な日が多いわけで ここに何かを書くわけでもなく、
理由もなく今日がひたすら暑いだけで、それが無為であるという諦念感に包まれている。
暑いことに耐えているだけで殊更に偉い!!!!!!!!!!ということになればいいのに…
そうならないのはみんなが同様にそれに耐えているからであり、みんなからの差分を頑張って生み出してそれを書いて、無為をやめなければいけない。
無為であったことをひたすらに書くことは意味がないのだろうか?
そもそもこのブログは自由に放言する "河川敷のコンクリ壁" みたいなつもりで作っている。
何が書かれていても 気にしないだろう
河川敷のコンクリの壁にポップな感じでスプレーで Docter って書いてて面白かったことある
ますますカードです(挨拶)
前回書いた記事を、おお訓戒的と思って、「書いたよ!」の報告をしたのだけれども、
思った以上にいいわねぇ!ボタンがついて慄いてしまった
毎回あんな風な考察をすることばかりをすると思われたらかなん
かなわんをかなん という方言が好きなんだよ俺は
(しっかしその前の記事がマスメディアへの不安というキチガイがよく取りざたする案件で、タイミング最悪すぎるだろ、多分数人は見てしまっただろ)
ということで体裁として毎回の前提を言うと、
カード(人物)が「日々」をやり、ワ~と思ったことをつら書きする石板がこれ(ブログ)です。
なので、毎度"何か"があるというわけではないので、自由に見たいときだけ見てもらえればいいんです。
毎回、必読性という独自の基準(過去記事に示したことがある)をもって、この記事を読んでほしみを表しているので、
それをもとに読むかを検討して欲しいです。前回の記事は示すのを忘れましたが、★3.5 程度でしょうか。
今回は★1 くらいなので、暇ぃ(ひみ)が強い人が見る程度にしてもらいたい。
牛の肉の部位や内臓の部位の"名称を記憶する"くらい暇な人が見ればよい
なにが ギアラ だよ
カードさす(2挨拶)
あー何もない日は無為ぶりを書くしかない
無為を書くことに有為がないか確認をしないと無為がひたすら無為で
暑さに殴られただけの日だ
今日は暑い、30度を超える日は1年に5日と決まっていれば、特別感があってみんなはしゃぐだろうし、
その日のみ、開放される特別なプールがあれば、みんなそこに行きたがるだろうし楽しみポイントが稼げる。
楽しみポイントをたくさん集めるとシャンプーかリンスが貰える。
暑い日を単に過ごす際、反骨精神だけしかなく、無駄に長袖だけを着ている。
意味がわからないのだが、何かに勝とうとしているらしい。
無意識が行動を決定する要因になることが多々あることにふと今気づかされる。
暑い、と思いながら食事をする場所は近所に富士そばしか無く、富士そばしか無いということは、
"""""""""混んでいる"""""""""""""""
需要があるんだから富士そば以外も目をつけろよ、富士そばが勝ち続けている駅になって欲しくない
ということでコンビニに入りからあげ弁当を愛でて(購入 を 愛でる って呼ぶタイプのキチガイがいる可能性、あるよね)オフィスで食べることにした
あの兄ちゃんからあげしか食べない…気持ち悪いよと店長から評されることもなく、
毎日変わるバイトから購入をしたことで若干の安寧を得た。
ただ、このからあげの件が、日本人に落とした闇は甚大すぎると思う。
知っていますか?殺人犯の近所で聞き込みをしたら、弁当屋が、「あの兄ちゃんからあげしか食べない…気持ち悪いよ」と評したんですよ
知っている人らは、それを意識して、「特定されぬよう別のものを買わなければならない」という意識が刷り込まれ、
無駄に「ブリトー」や「カフェオッレ」などを買うことを強いられてしまう
今日も消費する
コンビニでは毎度のような特徴をたずさえた人間はあだ名がつく という都市伝説的な風潮もその恐怖に拍車をかけている
絶対に同じものを買わないぞ、という「コンビニの"売上傾向学"を無効化するモンスター」となって"消費者"をしている。
ただ、その同じものを買わないという方針も限界があるし、もし、「月曜パスタ、火曜カレー、水曜からあげ、木曜パン類」のような
パターンナイズされた購入カモフラをしていた場合、パターンを看過された場合の危険性がすごい。
毎回からあげだから、からあげ野郎等のシンプルネームではなく、創造性の幅をかなり広く持たせた状態であだ名の選択を与えてしまう。
ともすれば、店員のセンス如何ではどうとでもなってしまう。"行かない曜日"を見られて "無の金曜"と呼ばれてしまうかもしれないし、
"総合的に摂取できている栄養バランス" をイジラれて "ビタミンB1との決別" と呼ばれてしまうかもしれない。
乱数表をもって、コンビニにいかないとならない。乱数できめないとならない。
しかし、乱数をもってコンビニで購入をした場合、過分なサイズのタイツやゴルフ雑誌やぬれおかき を購入することになり、それはそれで
「急遽発狂?」のメモが取られてしまうこと請け合いである。
もう、逆に、あえてあだ名を誘導してしまうのはどうだろうか。予約注文で、マイケルジャクソンの、「This is it.」を30枚予約すれば、
マイケル関連で呼ばれることが想像される。ただ、this で呼ばれるかもしれないし、it で呼ばれるかもしれない。it はやだな
それでスリラー と呼ばれたら一回コンビニを巻き込んでスリラーダンスを本気で撮影してバズってやるからな、覚悟をしておけ
コンビニで毎回ここまで考えている、本当にどうかしてしまう
今日も消耗する
外に出ると暑いし、更に暑い気がするので、一瞬の涼の貯金をすぐに吐き出してすぐにマイナス域に達してしまった。
継続的に激マズ荒廃薬を食べなければいけないときに、一瞬うまいカレーパン を食べたところで、
激マズ荒廃薬に戻ったときの辛さのほうが勝るというような理論をした。
毎日、移動をしている。毎日しているのだから感慨が消えており、いかに時間を忘却できるかという点に終始して精神を殺すが、あまりにも過敏すぎてそうならない。
人の乗り降りや、周りの環境に気が入ってしまい、時間を忘れることが無い。
鉄棒を設置して、懸垂をすることにより時間も過ぎるしダイエットもできるヘルシー車両を作れ
最近買ってよかったものの一つに「ワイヤレスイヤホン」があるのだが、それにより周りの音が気にならなくなったのがだいぶありがたい
「音に弱い」から
よく思うこととして、ファミレスや居酒屋などで、友人と3人で入ったとして、"会話"しますよね、普通、多くは
その会話時に、周りの音や声が気になって聞けていないときが、人に比べて多すぎる気がする。
本当に周りの会話だけウワーーーーーーーッと聞こえて、ボーーーー… ボゲェ… パエーーー…としているときが多いです。
この現象に共感してくれる人、"対決" しませんか?どの程度周りが気になるのか選手権じゃい
ファミレスで普通に会話しながら周囲の会話をより多く聞けていたほうが勝ちである
"対決" で思ったが、人と本気で、本当の本気で、勝つ!!!!!!!!!!気で戦ったことってないな
勝てない、ということが前提にあり、勝てないことに慣れているし、もし勝ってしまった場合、"負ける"人がいるというのが"勝負"の欠点だ
勝負 を作った人は下手すぎる
勝ち と 負け の表裏を一体にすることで勝った人石の下には負けた人虫であるみたいな関係性を自動で作ってしまった。
なんだこれ意味不明、下手、カス、石板(ブログ)やめろ
あと、ピンチの裏にはチャンスありみたいな適当な言葉で、"名言感" 出して状況煙に巻くの、やめない?
「ピンチ」という性質に「チャンス」が付いて回るかはその問題の性質次第で、100%そうだとは言えないだろ
日常的に「チャンス」は内在しており、それを表面的に考慮しないだけだっつーの(理知のジャイアン)
移動が終わり、食事も終わったので、人間活動としての1日は終わった。
あとはお金活動だけして終わりです。
あざっした
この形式のブログ、"今日"はいいけど"明日"はないな、毎日同じことを思うだけのbot だから
理由もなく今日がひたすら暑いだけで、それが無為であるという諦念感に包まれている。
暑いことに耐えているだけで殊更に偉い!!!!!!!!!!ということになればいいのに…
そうならないのはみんなが同様にそれに耐えているからであり、みんなからの差分を頑張って生み出してそれを書いて、無為をやめなければいけない。
無為であったことをひたすらに書くことは意味がないのだろうか?
そもそもこのブログは自由に放言する "河川敷のコンクリ壁" みたいなつもりで作っている。
何が書かれていても 気にしないだろう
河川敷のコンクリの壁にポップな感じでスプレーで Docter って書いてて面白かったことある
ますますカードです(挨拶)
前回書いた記事を、おお訓戒的と思って、「書いたよ!」の報告をしたのだけれども、
思った以上にいいわねぇ!ボタンがついて慄いてしまった
毎回あんな風な考察をすることばかりをすると思われたらかなん
かなわんをかなん という方言が好きなんだよ俺は
(しっかしその前の記事がマスメディアへの不安というキチガイがよく取りざたする案件で、タイミング最悪すぎるだろ、多分数人は見てしまっただろ)
ということで体裁として毎回の前提を言うと、
カード(人物)が「日々」をやり、ワ~と思ったことをつら書きする石板がこれ(ブログ)です。
なので、毎度"何か"があるというわけではないので、自由に見たいときだけ見てもらえればいいんです。
毎回、必読性という独自の基準(過去記事に示したことがある)をもって、この記事を読んでほしみを表しているので、
それをもとに読むかを検討して欲しいです。前回の記事は示すのを忘れましたが、★3.5 程度でしょうか。
今回は★1 くらいなので、暇ぃ(ひみ)が強い人が見る程度にしてもらいたい。
牛の肉の部位や内臓の部位の"名称を記憶する"くらい暇な人が見ればよい
なにが ギアラ だよ
カードさす(2挨拶)
あー何もない日は無為ぶりを書くしかない
無為を書くことに有為がないか確認をしないと無為がひたすら無為で
暑さに殴られただけの日だ
今日は暑い、30度を超える日は1年に5日と決まっていれば、特別感があってみんなはしゃぐだろうし、
その日のみ、開放される特別なプールがあれば、みんなそこに行きたがるだろうし楽しみポイントが稼げる。
楽しみポイントをたくさん集めるとシャンプーかリンスが貰える。
暑い日を単に過ごす際、反骨精神だけしかなく、無駄に長袖だけを着ている。
意味がわからないのだが、何かに勝とうとしているらしい。
無意識が行動を決定する要因になることが多々あることにふと今気づかされる。
暑い、と思いながら食事をする場所は近所に富士そばしか無く、富士そばしか無いということは、
"""""""""混んでいる"""""""""""""""
需要があるんだから富士そば以外も目をつけろよ、富士そばが勝ち続けている駅になって欲しくない
ということでコンビニに入りからあげ弁当を愛でて(購入 を 愛でる って呼ぶタイプのキチガイがいる可能性、あるよね)オフィスで食べることにした
あの兄ちゃんからあげしか食べない…気持ち悪いよと店長から評されることもなく、
毎日変わるバイトから購入をしたことで若干の安寧を得た。
ただ、このからあげの件が、日本人に落とした闇は甚大すぎると思う。
知っていますか?殺人犯の近所で聞き込みをしたら、弁当屋が、「あの兄ちゃんからあげしか食べない…気持ち悪いよ」と評したんですよ
知っている人らは、それを意識して、「特定されぬよう別のものを買わなければならない」という意識が刷り込まれ、
無駄に「ブリトー」や「カフェオッレ」などを買うことを強いられてしまう
今日も消費する
コンビニでは毎度のような特徴をたずさえた人間はあだ名がつく という都市伝説的な風潮もその恐怖に拍車をかけている
絶対に同じものを買わないぞ、という「コンビニの"売上傾向学"を無効化するモンスター」となって"消費者"をしている。
ただ、その同じものを買わないという方針も限界があるし、もし、「月曜パスタ、火曜カレー、水曜からあげ、木曜パン類」のような
パターンナイズされた購入カモフラをしていた場合、パターンを看過された場合の危険性がすごい。
毎回からあげだから、からあげ野郎等のシンプルネームではなく、創造性の幅をかなり広く持たせた状態であだ名の選択を与えてしまう。
ともすれば、店員のセンス如何ではどうとでもなってしまう。"行かない曜日"を見られて "無の金曜"と呼ばれてしまうかもしれないし、
"総合的に摂取できている栄養バランス" をイジラれて "ビタミンB1との決別" と呼ばれてしまうかもしれない。
乱数表をもって、コンビニにいかないとならない。乱数できめないとならない。
しかし、乱数をもってコンビニで購入をした場合、過分なサイズのタイツやゴルフ雑誌やぬれおかき を購入することになり、それはそれで
「急遽発狂?」のメモが取られてしまうこと請け合いである。
もう、逆に、あえてあだ名を誘導してしまうのはどうだろうか。予約注文で、マイケルジャクソンの、「This is it.」を30枚予約すれば、
マイケル関連で呼ばれることが想像される。ただ、this で呼ばれるかもしれないし、it で呼ばれるかもしれない。it はやだな
それでスリラー と呼ばれたら一回コンビニを巻き込んでスリラーダンスを本気で撮影してバズってやるからな、覚悟をしておけ
コンビニで毎回ここまで考えている、本当にどうかしてしまう
今日も消耗する
外に出ると暑いし、更に暑い気がするので、一瞬の涼の貯金をすぐに吐き出してすぐにマイナス域に達してしまった。
継続的に激マズ荒廃薬を食べなければいけないときに、一瞬うまいカレーパン を食べたところで、
激マズ荒廃薬に戻ったときの辛さのほうが勝るというような理論をした。
毎日、移動をしている。毎日しているのだから感慨が消えており、いかに時間を忘却できるかという点に終始して精神を殺すが、あまりにも過敏すぎてそうならない。
人の乗り降りや、周りの環境に気が入ってしまい、時間を忘れることが無い。
鉄棒を設置して、懸垂をすることにより時間も過ぎるしダイエットもできるヘルシー車両を作れ
最近買ってよかったものの一つに「ワイヤレスイヤホン」があるのだが、それにより周りの音が気にならなくなったのがだいぶありがたい
「音に弱い」から
よく思うこととして、ファミレスや居酒屋などで、友人と3人で入ったとして、"会話"しますよね、普通、多くは
その会話時に、周りの音や声が気になって聞けていないときが、人に比べて多すぎる気がする。
本当に周りの会話だけウワーーーーーーーッと聞こえて、ボーーーー… ボゲェ… パエーーー…としているときが多いです。
この現象に共感してくれる人、"対決" しませんか?どの程度周りが気になるのか選手権じゃい
ファミレスで普通に会話しながら周囲の会話をより多く聞けていたほうが勝ちである
"対決" で思ったが、人と本気で、本当の本気で、勝つ!!!!!!!!!!気で戦ったことってないな
勝てない、ということが前提にあり、勝てないことに慣れているし、もし勝ってしまった場合、"負ける"人がいるというのが"勝負"の欠点だ
勝負 を作った人は下手すぎる
勝ち と 負け の表裏を一体にすることで勝った人石の下には負けた人虫であるみたいな関係性を自動で作ってしまった。
なんだこれ意味不明、下手、カス、石板(ブログ)やめろ
あと、ピンチの裏にはチャンスありみたいな適当な言葉で、"名言感" 出して状況煙に巻くの、やめない?
「ピンチ」という性質に「チャンス」が付いて回るかはその問題の性質次第で、100%そうだとは言えないだろ
日常的に「チャンス」は内在しており、それを表面的に考慮しないだけだっつーの(理知のジャイアン)
移動が終わり、食事も終わったので、人間活動としての1日は終わった。
あとはお金活動だけして終わりです。
あざっした
この形式のブログ、"今日"はいいけど"明日"はないな、毎日同じことを思うだけのbot だから
2018年6月25日月曜日
スーパーブログバター
暑すぎwwwww 松岡修造が帰国しただろwwww
ユーモアが終わった人を演ずることをユーモアとしていたら、いつしか本当に "そうなっていました"
終わりだ
カードゆす。(挨拶)
よく趣味をやめてしまうのだけれど、つらつらと終わった趣味を書いていく。
1. ピアノ
1ヵ月くらい。異常なまでに弾けなかったのでやめてしまった。何からはじめればいいかわからなかった
2. ギター
半年くらい。ある程度弾けるようにはなったけど、「結局何になるんだい!!!!!!!!!!」
とワシの中の魔女がウケるツッコミを入れた瞬間に終わってしまった
3. リコーダー
全然やってないけど、普通に知ってる曲なら探し探しで吹ける。
ただ、音がうるさすぎて家でできないから、全然できていない、やりたい
4. ハーモニカ
意味がわからなかったのでやめてしまった
5. サックス(デジタル)
リコーダーと同様にある程度吹けたけど、「結局何になるんだい!!!!!!!!!!」
とワシの中の魔女がウケるツッコミを入れた瞬間に終わってしまった
あとなんかすぐに壊れた
保証期間が1年なんだけど1年と2日目に壊れた
6. ポーカー(テキサスホールデム)
よく、ポーカー場に行っていたんですが、弱いハンドで強いハンドに勝ったときに、
「うわ~ないわ~これだから初心者は」とか、「こんなハンドで残ってるの意味わかんね~よw」
とかを見ず知らずのやつに言われ続け、そのあともアクションごとにでかい声で威圧されたりして、
本当に嫌になってやめてしまった。
おもしろいゲームなのに、こんなつまらないことでやめたくなかったよ
7. ボードゲーム
外のボードゲーム会で、他人のことを考えずに横柄な人が多すぎて、とてもイヤになり
やめてしまった。なんでこういうことが多いのだろう。
最近、知り合いのつてで、いい人と知り合えてボドゲをする機会が増加している。
復活できてありがたいこと。本当にありがたい
8. あと人狼
自分の交渉力や説得力が低いせいですぐに吊られて終わってしまう
とりあえずこいつを吊ろうみたいな流れが定着してつらくてやめてしまった
あと、毎回、ゲーム内での推理要素を多分に考慮して頑張って主張しても、
「この人、毎回怪しいよね」とか、「前回もそういってたよね」という
メタ推理、別にこれ自体はそこまで悪いとは思いませんが、
それを""毎回のように刷り込みのようにされ続けた""というのが辛くなってやめてしまった
ゲーム的に、毎回理論がリセットされて、フラットなゲームが担保されないのがつらすぎた
自己的に行う趣味はモチベーションが続かずやめてしまい、
他者が関連する趣味は、他者と適合できずやめてしまう。
こういうとき、自分ができることって、自己に対する悔恨しかなくって、
自分が悪いんだ…だからこういう趣味が続かないんだ…と思うしかないんですよね。自分は。
多分客観的に見て、最後の3つは、哀れ事故というか、その人が悪いという見方ができなくはないと思うのですが、
自分の性質からして、こういうとき、「他人と適合できなかった自分が悪い」と考えて、
ぐるぐると考えて、もう嫌になって、自分をそれ以上変革するのは無理です…となって趣味をやめてしまう。
ヤメ趣味だけどんどんと連なっていく。連なって山となって終わり飯となって無理やりチャーハンになってしまう。
本当は他者を否定したい。何で侵害しかねないところまで攻撃するようなことをしてしまうのか。と。
詰め寄りたい。
しかし、そうしたら、自分も相手と同じになってしまう。自分も相手を侵害しかねないところまで出張してしまう。
できない。
他者のためを思って、押し留まるしかない。
この世は本当に声が大きい人が得するようにできている、と、なんでも言ってしまうとかなり語弊がありあまり使いたくない言葉だが、
このパターンに至っては本当にそうだ。
楽しいことを他者によって楽しくなくされてしまうのはつらすぎるだろ
なんでみんなとこんなに迎合できないんだろう
他者と適合するために何かをやっているといっても過言ではないのに
他の人が競技的になってしまって、考え方が攻撃的になってしまうことがあるのがつらすぎる
MTG、カードゲームのMTG、マジックとかギャザっていうんですかね、やったことはないのですけど、
その中の通説というか、理論ですっごい好きなのがあって、
Timmy, Johnny, and Spike
という考え方です。
これは、引用しますと
-------------
マジックをプレイする動機を理解し、カード開発の助けにするため作られたもので、
「何を求めてゲームをプレイするか?」「どんなカードを好むか?」によってプレイヤーを
分類しようというものである。ステレオタイプな人物に仮託して説明する場合が多いが、
本来はマジックプレイヤーが持つ多彩な動機を分類し説明しようというものであり、
実際のプレイヤーが必ずどれか1種に当てはまるというものではない。
よってティミー/ジョニーといった風に組み合わせて傾向を説明することや、
平時はティミーでないプレイヤーが極めて興奮を誘う局面に出会ったその瞬間だけ
ティミー的な楽しさに心を奪われるということも、自然にあることである。
-------------
ということです。つまり、「何を求めて、趣味を行うか」という根源を問うような考え方です。
こういう考え方をよく考慮して互いに存在を認識して配慮することで共存がしやすくなる。
そういう考慮をせずに、ただ他を認容できないような人は、もう少し慎重になってほしい。
じゃあ、この考え方で、どういうタイプがあるのか?同じく引の用をするが
----------
ティミー/タミー(Timmy/Tammy)
マジックに楽しい体験を求めるプレイヤー。
何かを達成することではなく、プレイそのものから得られる興奮や快感を求めていて、
分かりやすく派手な能力・効果を持ったカードを好む。ティミーはプレイの目的を設定する必要がない。
ティミーにとってはプレイの瞬間に得られる体験そのものが目的なのだ。
----------
さらに、このティミーは更に細分化されています。
----------
「パワー・ゲーマー/Power Gamers」
巨大なクリーチャーや派手な呪文で対戦相手をぶちのめしたい。ステレオタイプなティミー。
「ソーシャル・ゲーマー/Social Gamers」
親しい友人と一緒に遊びたい。多人数戦やハウスルールも好んで使う。
「ダイバーシティ・ゲーマー/Diversity Gamers」
未体験のゲームを体験したい。新しいデッキ、新しいセット、新しいフォーマットを次々と求める。
ジョニーと異なりこの動機は単に「やったことがないことは楽しい」という思いからくる。
「アドレナリン・ゲーマー/Adrenalin Gamers」
予測を裏切るゲームがしたい。コイン投げや今引きに左右されるゲームを好む。
----------
大きく分けて、一般的な用語に落とし込むとすると、エンジョイ勢というような言葉が近いでしょうか。
趣味をやることにおいて、勝敗をまず前提とせず、「楽しみ」が根幹となっています。
大喜利とかだと、自分はこういうタイプの側面も多分にあるのですが、そういう人が
いま肩身がせまくありませんか?それも辛いんですけど(議員「うっせ~ハゲたカード」議員「早く結婚したほうがいいんじゃないか?」)
あとは、自分はボードゲームやポーカーでもこのタイプに分類されると自己分析しています。
先ほど、「1. ティミー」という種類を見ました。続いての区分としては以下です。
---------
ジョニー/ジェニー(Johnny/Jenny)
マジックで自己表現をしようとする創造力あふれるプレイヤー。
新しいデッキやコンボを自分で創造しそれを披露することを求めていて、
変わったコンボを作れるカードや用途の広いカード、逆に有効に利用することが
非常に困難なカードを好む。ジョニーにとってマジックが持つゲームとしての
自由度の高さが何より重要となる。それが自らの個性を表現する道具になるからだ。
最も構築との結び付きが強いプレイヤーと言えるが、必ずしも構築でなければ
ジョニー的なプレイができないということではない。リミテッドにおいても
新しいコンボを披露することは可能だし、プレイスタイルそのもので斬新さを
見せつけられればそれもジョニーなのだ。
---------
また、これもサブカテゴリがあります。
---------
「コンボ・プレイヤー/Combo Players」
新しいコンボを発見して、それを皆に見せたい。ステレオタイプなジョニー。
「オフビート・デザイナー/Offbeat Designers」
例えば土地単など、突飛な発想に基づくデッキを構築したい。
コンボ・プレイヤーが隠されたコンボを探す探検家ならば、こちらは発明家だといえる。
「デッキ・アーティスト/Deck Artists」
例えばエルフの文化を体現したデッキや、ストーリーを再現したデッキなど、
構築方法そのものが創造的なデッキを作りたい。
「ユーバー・ジョニー/Uber Johnnies」
非常識なこと、他の誰もやらなかったことを実現することで個性を示したい。
空虚自身/One with Nothingのようなカスレア、紙を実戦の場に引き上げることなどが筆頭である。
---------
あっこれは大喜利での僕ですね、ティニーの一面もあるけど、こっちの面のほうが大きいかもしれない
…という感じで、区分はされていますが、必ず一つの特性にあてはまるわけではなくて、
複数のカテゴリを持つのもこの分類の特徴であるわけです。
特に、特に新しいことをやって「おほ^~」と思われたいという特性がある人は多くいると思いますし、
僕自身もそういう人が好きです。それ以外が嫌いというわけではなく、このジェニーの特性を持っている人が
無条件に特に好きという話です。
こういうプレイスタイルと現状の「しがみ文化」や「競技的面」とは迎合しにくい部分があるため、
特につらいという感想があります。好きにやらせてくれ
ボードゲームやポーカーでは、こういう側面は自分は小さいですね。
一番ティミー的な特性を持っていて、ステレオタイプにエンジョイコンテンツを消費したいですね。
「1. ティミー」「2. ジェニー」を見ましたね。次を見ますか?見ることを出来ることがある
---------
スパイク(Spike)
マジックに困難な挑戦を求めるプレイヤー。大抵はトーナメント志向である。
勝つこととそれによって自分の能力を証明することを求めていて、カードパワーの高いカードや、
より高いプレイングスキルが求められるカードを好む。ゲームの本質が取り組みがいのある課題を
提示することにあるならば、スパイクこそがその達成に正面から取り組んでいるゲーマーだといえる。
ティミーで言ったことと鏡写しになるが、トーナメントプレイヤーの多くがスパイクであるからといって、
大会に参加しないカジュアルプレイヤーの中にスパイクがいないということにはならない。
より強い相手との、より多くのゲームに勝利することが最も一般的なスパイクの目標になるが、
自らの能力を示せるならば勝利以外の要素もスパイクの目標になりうる。
---------
これも細分されるみたいです。
--------
「イノベイター/Innovators」
誰よりも早く「壊れたカード」を発見し、次のメタゲームを支配するデッキを生み出すことを目指す。
発表当時のタルモゴイフ/Tarmogoyfのように、容易には強さを見抜けないパワーカードが
まさに彼ら向けのカードといえる。デッキビルダーとしてジョニーと違うのは、イノベイターは
一番乗りを目指すのに対し、ジョニーは新奇さや個性を求めていること。
「チューナー/Tuners」
いわゆるデッキチューナー。既知のデッキをパーツ選択や枚数調整によって最適化し、
誰よりも完成されたデッキを目指す。
「アナリスト/Analyst」
メタゲームに注目し、仮想敵となるデッキを洗い出すことで、その環境で最適のデッキを
見つけることを目指す。特にサイドボード戦略に注力する事が多い。
「ナッツ・アンド・ボルト/Nuts & Bolts」
プレイングを磨き、ミスを極力無くすことで他プレイヤーと差をつけることを目指す。
リミテッドを得意とするプレイヤーが多い。
--------
この特性が、大喜利やボードゲームにおいて、自分には一切無い
だからといって、それ以外の人を許容できないわけではなく、そういう特性の人もいるだろうと思っています。
ただ、相反するからといって、こちらを攻撃したり受容をサボることをしないで欲しい
こういう楽しみ方をする場合、「同じ楽しみ方をする人がいる」という前提で趣味が成立するわけです。
「違う楽しみ方をする人」に同じ楽しみ方を押し付けてべき論を展開したら終わりですよ
つまり!!!!!!!!!!!
「人々はそれぞれ色んな特性を持ったうえで"趣味"をやる」
「各自が同じ特性をもっている際に楽しく"趣味"が成立する」
ということなので、同じ特性を持った人で楽しくあそぼうも然りなのですが、
各・別の特性を持った同士も、双方の主張を考慮した上で、共有した上であそぼうね、という話です
いいですか?
コンゴトモ ヨロシク…
いや、メガテンの悪魔の去り方すな~~~~~~~~~~っ!!!!!!!!!!
厚切りジェイソンが以上と言ってくれ~ ブログは以上だから
ヤメリ
この記事はマジで読まないで欲しいです
カードごす(挨拶)
よく、「テレビは偏向的な報道をしている」と聞く。自分もそう思う。
"報道" という性質上、一方的な取り上げ方しか出来ない場合は仕方ない。
Aさんが、「とあるBさんの絵」を Aさん「取るに足らない駄作だ。児戯に等しい」と批判したとしましょう。
これを、メディア「絵の神 Aさんが重大な発言!!!!!Bさんはオワコン化か」と取りざたしたとしましょう。
メディア「Bさん!どうなんですか!意見をお願いします!」と聞いたとして、
Bさん「そんな意見は言わせておけばいい。何とも思わないよ。自分は自分だから」と言ったとしましょう。
メディア「Bさんはそういう意見でした。いや~何も言わないなんてクソザコナメクジですね」と言ったとしましょう。
これは、両者の意見が出そろい、それを報じた上で論調を決めています。
多少どちらかに肩入れがあったとしても、それはまだ公正だと認めましょう。
上記の例で、Bさんが、「許せん!!!!!Aは絵の神でも何でもない!絵を評価できるのか?」と言ったとしましょう。
それなのに、メディアはそれを、Bさんの意見を報じず、引き続き「いや~Aさんがこう言ってても、まだのうのうとBさんは絵を描き続けています。」などと報じたら、やばいですよね。
僕の感覚や主観的な見方で言うと、そういう出来事が、いま普通にテレビやメディアで、起きています。
それがやばいし、おかしいよなぁとは思うんですけど、それを周りに共感を得ようとしたり、釈明してみようとしたところで、
周りマン「え、そうなん?じゃあなんでそんなことするの?」と聞かれ、
カード「いや・・・・それはわからないけど・・・・」
となったら、
周りマン「そんなことするわけないよ。考えすぎだよ。異常論者現実見ろよ。きもいおしぼりで涙拭くか?」
となってしまいます。
でも、一方的な報道は厳然と存在し、その理由も「巨悪があるから」という想像の域を出ないことしか言えません。
この状況を納得せしめるだけの論証もないし、推察の域を出ないのですが、明らかな偏重がある以上、
「メディアの言うことを妄信的に聞くな。事実として存在する国会の議事録や、議員のブログなど、信用できる情報を読もう。」
「また、信用できる、事実を羅列してくれる人を知っておいて、その人の言うことを読んでおこう。」
「ひとつの情報源に偏りすぎず、色んな情報収集のすべを持っておこう。」
といった啓蒙があります。
しかし、そういった信用を覆しかねない、「財務省の文書改ざん」問題は許しがたいですね。
公的な文書すら、疑ってかからないとなったら、我々はひとつの指針を失います。
ひたすら、猜疑的になり、国家に対する信頼もあったものじゃなくなってしまいます。
ただ、まだそこまで行くほどではない、と僕が思っているのは、今回の改ざんされた文書の範囲が、
「文書の性質や問題の根底を覆すほどの改ざんではない」という点です。
たとえば、本当は議事の結果、「案1で行こう!」と決まっていたのに、議事録上、「案2で行く」と書いてあり、
「会議ではずっと案2で決まっていました!」と言い出したら、それは本当に情報の信頼性を覆してしまう重大な重篤な極めて危険な改ざんです。
しかし、今回はそこまで至っていません。誤解を招きかねない、もしくは、目ざとくその表現を槍玉に挙げられたら、
その文書を取りざたされて、更に追及される一因となりかねない。そういった点を削った、という性質の改ざんであると捉えているからです。
これは、財務省の怠慢であり、姿勢としても在り方としてもあってはいけないことなので、今後の再発を絶対にしないよう、文書を管理するシステムを設けて欲しいですね。
文書内容の公開の際、野党や第三者の関係者が即座に議事等の内容をすり合わせの上、チェックを挟むシステムにできないんですかね?
そこは相互的に情報の信頼性を上げる取り組みがあってもよいと思うんです。
本来、与党・野党の在り方って、単に国を発展・保守・保全・運営・革新等すべて含めて、良いほう、より良いほうに進める、という意義が強いのです。
そういった、部分だけでも、手を取り合って、「今後国から発信する情報は信頼できるものにします!野党も大手を振って協力します!」と言えないものですかね?
財務省だけの責を追求し、辞任をひたすらに求めるだけでは何の発展性もないんだと思うんですけど…。
という、「情報の信頼性」についての検討はそれまでにしておいて、
「公的な情報等を収集できるようにしよう」という、"情報の発信源"への考え方、
また「情報の受け取り方や理解のために、信頼できる人を作ろう」という、"情報の理解"への考え方、
「誤った情報を周りに拡散しないように、自身の中での理解を深める」という、"情報の氾濫・雑多化"への考え方。
しっかりと、みんな、真っ向から情報に立ち向かえばいいんです。
政治的なことはあまり詳しくないけれど、しっかりと「どちらがより物事の本質を見据えて行動しているのか」という考慮をすれば、
おのずと良い方向性は見えてきます。
そして、今ある「問題」の根幹は何なのか。という、問題の本質を考えることも大切です。
最初の例で言うと、「なんでAさんは、Bさんの絵を批判しているのか?」という点を考えると、わかりやすいですね。
両者の意見を聞くことで、漫然的に意見を流動させるのではなく、まず、「何を以て批判しているのか」という点。
1. 他を冒涜するような表現があり、人の侵害等を考慮しない乱暴な絵を書いていて、児戯に等しいとAさんが言っているのか?
2. 表現に円熟性がないと捉え、まだこの人の絵を認めるべきではない。業界の発展性のために、Aさんが批判しているのか?
3. 単に、個人的な感想や、恣意的な思いで、AさんがBさんの絵をこき下ろそうとしているのか?
という見え方が変わるだけで、問題の本質が変わるでしょう。
そういった考慮をしっかりと成さずに、意見が散文的になることがよく見受けられます。
慈愛や許容を持つだけで、問題の本質を見ることができます。ぜひ試してみてください(は?)
こういうことを論じることが恥ずかしいとか、普通じゃないというか異端であるような風になる風潮、とても怖い
こういう風に人々が、「情報に対する自衛」が出来るようになると、世の中はもっとよい方向に向かうと思うのですけれどね…。
あーーーーハズカシリ
カードごす(挨拶)
よく、「テレビは偏向的な報道をしている」と聞く。自分もそう思う。
"報道" という性質上、一方的な取り上げ方しか出来ない場合は仕方ない。
Aさんが、「とあるBさんの絵」を Aさん「取るに足らない駄作だ。児戯に等しい」と批判したとしましょう。
これを、メディア「絵の神 Aさんが重大な発言!!!!!Bさんはオワコン化か」と取りざたしたとしましょう。
メディア「Bさん!どうなんですか!意見をお願いします!」と聞いたとして、
Bさん「そんな意見は言わせておけばいい。何とも思わないよ。自分は自分だから」と言ったとしましょう。
メディア「Bさんはそういう意見でした。いや~何も言わないなんてクソザコナメクジですね」と言ったとしましょう。
これは、両者の意見が出そろい、それを報じた上で論調を決めています。
多少どちらかに肩入れがあったとしても、それはまだ公正だと認めましょう。
上記の例で、Bさんが、「許せん!!!!!Aは絵の神でも何でもない!絵を評価できるのか?」と言ったとしましょう。
それなのに、メディアはそれを、Bさんの意見を報じず、引き続き「いや~Aさんがこう言ってても、まだのうのうとBさんは絵を描き続けています。」などと報じたら、やばいですよね。
僕の感覚や主観的な見方で言うと、そういう出来事が、いま普通にテレビやメディアで、起きています。
それがやばいし、おかしいよなぁとは思うんですけど、それを周りに共感を得ようとしたり、釈明してみようとしたところで、
周りマン「え、そうなん?じゃあなんでそんなことするの?」と聞かれ、
カード「いや・・・・それはわからないけど・・・・」
となったら、
周りマン「そんなことするわけないよ。考えすぎだよ。異常論者現実見ろよ。きもいおしぼりで涙拭くか?」
となってしまいます。
でも、一方的な報道は厳然と存在し、その理由も「巨悪があるから」という想像の域を出ないことしか言えません。
この状況を納得せしめるだけの論証もないし、推察の域を出ないのですが、明らかな偏重がある以上、
「メディアの言うことを妄信的に聞くな。事実として存在する国会の議事録や、議員のブログなど、信用できる情報を読もう。」
「また、信用できる、事実を羅列してくれる人を知っておいて、その人の言うことを読んでおこう。」
「ひとつの情報源に偏りすぎず、色んな情報収集のすべを持っておこう。」
といった啓蒙があります。
しかし、そういった信用を覆しかねない、「財務省の文書改ざん」問題は許しがたいですね。
公的な文書すら、疑ってかからないとなったら、我々はひとつの指針を失います。
ひたすら、猜疑的になり、国家に対する信頼もあったものじゃなくなってしまいます。
ただ、まだそこまで行くほどではない、と僕が思っているのは、今回の改ざんされた文書の範囲が、
「文書の性質や問題の根底を覆すほどの改ざんではない」という点です。
たとえば、本当は議事の結果、「案1で行こう!」と決まっていたのに、議事録上、「案2で行く」と書いてあり、
「会議ではずっと案2で決まっていました!」と言い出したら、それは本当に情報の信頼性を覆してしまう重大な重篤な極めて危険な改ざんです。
しかし、今回はそこまで至っていません。誤解を招きかねない、もしくは、目ざとくその表現を槍玉に挙げられたら、
その文書を取りざたされて、更に追及される一因となりかねない。そういった点を削った、という性質の改ざんであると捉えているからです。
これは、財務省の怠慢であり、姿勢としても在り方としてもあってはいけないことなので、今後の再発を絶対にしないよう、文書を管理するシステムを設けて欲しいですね。
文書内容の公開の際、野党や第三者の関係者が即座に議事等の内容をすり合わせの上、チェックを挟むシステムにできないんですかね?
そこは相互的に情報の信頼性を上げる取り組みがあってもよいと思うんです。
本来、与党・野党の在り方って、単に国を発展・保守・保全・運営・革新等すべて含めて、良いほう、より良いほうに進める、という意義が強いのです。
そういった、部分だけでも、手を取り合って、「今後国から発信する情報は信頼できるものにします!野党も大手を振って協力します!」と言えないものですかね?
財務省だけの責を追求し、辞任をひたすらに求めるだけでは何の発展性もないんだと思うんですけど…。
という、「情報の信頼性」についての検討はそれまでにしておいて、
「公的な情報等を収集できるようにしよう」という、"情報の発信源"への考え方、
また「情報の受け取り方や理解のために、信頼できる人を作ろう」という、"情報の理解"への考え方、
「誤った情報を周りに拡散しないように、自身の中での理解を深める」という、"情報の氾濫・雑多化"への考え方。
しっかりと、みんな、真っ向から情報に立ち向かえばいいんです。
政治的なことはあまり詳しくないけれど、しっかりと「どちらがより物事の本質を見据えて行動しているのか」という考慮をすれば、
おのずと良い方向性は見えてきます。
そして、今ある「問題」の根幹は何なのか。という、問題の本質を考えることも大切です。
最初の例で言うと、「なんでAさんは、Bさんの絵を批判しているのか?」という点を考えると、わかりやすいですね。
両者の意見を聞くことで、漫然的に意見を流動させるのではなく、まず、「何を以て批判しているのか」という点。
1. 他を冒涜するような表現があり、人の侵害等を考慮しない乱暴な絵を書いていて、児戯に等しいとAさんが言っているのか?
2. 表現に円熟性がないと捉え、まだこの人の絵を認めるべきではない。業界の発展性のために、Aさんが批判しているのか?
3. 単に、個人的な感想や、恣意的な思いで、AさんがBさんの絵をこき下ろそうとしているのか?
という見え方が変わるだけで、問題の本質が変わるでしょう。
そういった考慮をしっかりと成さずに、意見が散文的になることがよく見受けられます。
慈愛や許容を持つだけで、問題の本質を見ることができます。ぜひ試してみてください(は?)
こういうことを論じることが恥ずかしいとか、普通じゃないというか異端であるような風になる風潮、とても怖い
こういう風に人々が、「情報に対する自衛」が出来るようになると、世の中はもっとよい方向に向かうと思うのですけれどね…。
あーーーーハズカシリ
2018年6月21日木曜日
必読性の話をちゃんと書いています
タコ2貫!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
カードねす(挨拶)
独自に必読性、という概念を作っています
これは、毎回ブログを書いた際に、毎度同様の熱量で
「書きました。面白いから見てください」と言っても、
そんな毎回 Great を提供できているわけではないのは自覚しているので、
ちゃんと見て欲しいときだけを見てもらえるよう、「必読性」というパラメータで表しています。
カード的カードブログでの基準としてはこんな感じです。
必読性☆☆☆☆★(★1): 特に読まなくてもいいけれども、みんなに「書いたよ~」と報告は
できるレベルの出来栄え。でも特に「ここを読んでほしい」というポイントがあるわけではないので、気が向いたら読んで欲しい程度。
必読性☆☆☆★★(★2): 特に読まなくてもいいけれども、少し「ここはみんなどうなの?」って気になったりとかしていたり、
人のための有用性があるかなと思われるもの。
必読性☆☆★★★(★3): 少し読んで欲しいことや問題提起があったり注意喚起があったり、
多くのための、少し有用な情報を書いたつもりになっているようなもの。
必読性☆★★★★(★4): 読んで欲しいことを書いている。何か性急な問題や機微な問題があり、
それに対してのリアクションや、他に影響せしめることを記入しているもの。
もしくは、異常に有用性があることを書いたつもりになっているもの。
また、個人での何か発信したい"お知らせ"がある場合など。→有償のものを出したりする場合
必読性★★★★★(★5): 全体に万物に読んで欲しいことを書いている。
何か性急な問題や機微な問題があり、それに対しての解決提起や、変事の渦中に自身がいた場合に、
何かのコメントなどを記入しているもの。
というイメージで書いています。カードが、カードブログを色々書いていて、
必読性1 の壁を越えられず、「ブログを書きました!!!!!!!」と言えないことが
多々あるのですが、「尋常ならざる興味や暇」等に近い人は、辿りつつ読んでもらえたりすると嬉しいですね。
ただ、性質上「思ったことを無責任に放言したり乱雑に書き留めているもの」という部分が多く、
読みぐるしい点等はご容赦いただければと思います。
もう書くことがあるかは不明ですけれども
行って
くだちい
カードねす(挨拶)
独自に必読性、という概念を作っています
これは、毎回ブログを書いた際に、毎度同様の熱量で
「書きました。面白いから見てください」と言っても、
そんな毎回 Great を提供できているわけではないのは自覚しているので、
ちゃんと見て欲しいときだけを見てもらえるよう、「必読性」というパラメータで表しています。
カード的カードブログでの基準としてはこんな感じです。
必読性☆☆☆☆★(★1): 特に読まなくてもいいけれども、みんなに「書いたよ~」と報告は
できるレベルの出来栄え。でも特に「ここを読んでほしい」というポイントがあるわけではないので、気が向いたら読んで欲しい程度。
必読性☆☆☆★★(★2): 特に読まなくてもいいけれども、少し「ここはみんなどうなの?」って気になったりとかしていたり、
人のための有用性があるかなと思われるもの。
必読性☆☆★★★(★3): 少し読んで欲しいことや問題提起があったり注意喚起があったり、
多くのための、少し有用な情報を書いたつもりになっているようなもの。
必読性☆★★★★(★4): 読んで欲しいことを書いている。何か性急な問題や機微な問題があり、
それに対してのリアクションや、他に影響せしめることを記入しているもの。
もしくは、異常に有用性があることを書いたつもりになっているもの。
また、個人での何か発信したい"お知らせ"がある場合など。→有償のものを出したりする場合
必読性★★★★★(★5): 全体に万物に読んで欲しいことを書いている。
何か性急な問題や機微な問題があり、それに対しての解決提起や、変事の渦中に自身がいた場合に、
何かのコメントなどを記入しているもの。
というイメージで書いています。カードが、カードブログを色々書いていて、
必読性1 の壁を越えられず、「ブログを書きました!!!!!!!」と言えないことが
多々あるのですが、「尋常ならざる興味や暇」等に近い人は、辿りつつ読んでもらえたりすると嬉しいですね。
ただ、性質上「思ったことを無責任に放言したり乱雑に書き留めているもの」という部分が多く、
読みぐるしい点等はご容赦いただければと思います。
もう書くことがあるかは不明ですけれども
行って
くだちい
何ちょ
何がしがみじゃ!きもいんじゃ!
刹那的な笑いを供しただけなことを振り返って賞味すな!
そこまでのことじゃないやろ!
もっと、なんというかこう、生い立ち、というかなんというか、
「〇〇さんは何県の生まれで、もともとおばあちゃんっ子だったという境遇から、
落ち着いた観点が育まれ、そういったバックボーンから繰り出された笑いの類が
温かみ、ぬくもりがあって良かったです」とか言わんかい!!
人(にん)を褒めんかい!!それに属しない場合は、人(にん)が褒められるように研鑽せんかい!!
カードばうす。(挨拶)
おならモンスターコレクションというやつを考えました。
おならをするときに、色んな音やパターンがあると思うので、それをモンスター化して、
カード化してゲームにしてバトルしたりできるというやつです。
そのおならをしたらモンスターをゲットできる、というやつです。
(レアリティ:★ 肛門(コモン))
ブッ!(単純な破裂音。ブザーを単押ししてすぐ離した際の音)
プゥ↑(軽い笛の音。ポムポムプリン的な生物の疑問形の鳴き声)
(レアリティ:★★ うん肛門(アンコモン))
バン!(激烈な破裂音。重要な会議中の静謐なドアを勢いよく開けたときの音)
ポンポン…(連続的な空気玉。蒸気船の推進のような音、小さい僧侶5人が連続で小さい鼓を叩いている音)
パッ!(極めて短いガスの通過音。催眠術にかけられて、3,2,1 のあとに叩く手の音)
(レアリティ:★★★ あれ?(レア))
バリ!!!(ジーンズやジャケットが張り裂ける音、未開封のせんべい群の袋を誤って踏んだときの音)
ゥヨ(ぷよぷよを積んだときの音、ボンバーマンが爆弾を置いたときの音)
サッス~(めちゃくちゃトラブル続きの夜勤明けのヤンキーの退勤のあいさつの音)
(レアリティ:★★★★ スーパーあれ?(スーパーレア))
パカ!(でかい貝が置いた時の音、人語を理解する馬の挨拶)
ブンバン!(巨人の国の巨人の放屁音、0.1倍速しているインターホンのピンポン音)
ピー…(心電図が終わる音、ヘリコプターのそばから離れたあとの耳鳴り)
(レアリティ:★★★★★ 紙?あれ?(神レア))
ハハハハw(海外男性の軽いウケのときの音)
キャーーー!!(ジャスティンビーバーを見た女性の音、ドラマの事故の回想シーンのブレーキ音)
何で?(俺も何で?と聞き返すくらい明確な何で)
という感じで考えてみたわけどす
かなりネタ切れになりましたが、ゲームになりませんかなりませんね死
"金塊" でも "インゴット" でも「うんこ」感が強いの、奇跡の言葉じゃありませんか?
本当にさようなら
刹那的な笑いを供しただけなことを振り返って賞味すな!
そこまでのことじゃないやろ!
もっと、なんというかこう、生い立ち、というかなんというか、
「〇〇さんは何県の生まれで、もともとおばあちゃんっ子だったという境遇から、
落ち着いた観点が育まれ、そういったバックボーンから繰り出された笑いの類が
温かみ、ぬくもりがあって良かったです」とか言わんかい!!
人(にん)を褒めんかい!!それに属しない場合は、人(にん)が褒められるように研鑽せんかい!!
カードばうす。(挨拶)
おならモンスターコレクションというやつを考えました。
おならをするときに、色んな音やパターンがあると思うので、それをモンスター化して、
カード化してゲームにしてバトルしたりできるというやつです。
そのおならをしたらモンスターをゲットできる、というやつです。
(レアリティ:★ 肛門(コモン))
ブッ!(単純な破裂音。ブザーを単押ししてすぐ離した際の音)
プゥ↑(軽い笛の音。ポムポムプリン的な生物の疑問形の鳴き声)
(レアリティ:★★ うん肛門(アンコモン))
バン!(激烈な破裂音。重要な会議中の静謐なドアを勢いよく開けたときの音)
ポンポン…(連続的な空気玉。蒸気船の推進のような音、小さい僧侶5人が連続で小さい鼓を叩いている音)
パッ!(極めて短いガスの通過音。催眠術にかけられて、3,2,1 のあとに叩く手の音)
(レアリティ:★★★ あれ?(レア))
バリ!!!(ジーンズやジャケットが張り裂ける音、未開封のせんべい群の袋を誤って踏んだときの音)
ゥヨ(ぷよぷよを積んだときの音、ボンバーマンが爆弾を置いたときの音)
サッス~(めちゃくちゃトラブル続きの夜勤明けのヤンキーの退勤のあいさつの音)
(レアリティ:★★★★ スーパーあれ?(スーパーレア))
パカ!(でかい貝が置いた時の音、人語を理解する馬の挨拶)
ブンバン!(巨人の国の巨人の放屁音、0.1倍速しているインターホンのピンポン音)
ピー…(心電図が終わる音、ヘリコプターのそばから離れたあとの耳鳴り)
(レアリティ:★★★★★ 紙?あれ?(神レア))
ハハハハw(海外男性の軽いウケのときの音)
キャーーー!!(ジャスティンビーバーを見た女性の音、ドラマの事故の回想シーンのブレーキ音)
何で?(俺も何で?と聞き返すくらい明確な何で)
という感じで考えてみたわけどす
かなりネタ切れになりましたが、ゲームになりませんかなりませんね死
"金塊" でも "インゴット" でも「うんこ」感が強いの、奇跡の言葉じゃありませんか?
本当にさようなら
あいねん
悪夢すぎる悪夢を見たんだけれど
「おぼれるくん」という言葉がとにかくおもしろくて
無限に笑い続ける夢を見て、呼吸が苦しすぎるのだけれど無限に笑うのでひたすらつらくて、
自分の笑い声がだんだん大きいボリュームで聞こえてきて、うるさい!!!!!苦しい!!!!!!と
なるのだけれど、無限に笑い続けるという悪夢でした…。
おぼれるくんで笑い死ぬ人生じゃなくてよかったな本当
衰えた松っちゃん「おぼれるくんでおぼれるとこやったんや」
カード「うるせえ!!!!!!!!夏が移動するぞ!!!!!!!」
カードすす(挨拶)
面白いと思う人や、面白いと思う芸人さんが数多くおれど、
畏敬の念を持って、信奉する「この人は凄い」と思っているのは、
たったひとりしかいません。誰あろう「小籔千豊」です。
こんなに売れていて、それでいて確とした軸があり、他を説得するに足る理念がある。
怒りの沸点が低い人なので、よく怒ったりした話をするのを見るのですが、
めちゃくちゃずれた視点になったり、物事の本質を誤解したりして怒っているところを全く見たことがない。
何故この出来事が起こり、それを取り巻く人物がどういう状態で存在するか、という物事の関係性をすべて瞬時に判断し、
コメントしたり怒ったりする瞬発力と回転力がある。
仏学や政治学に始まる「見識に基づいた理論」も好きだし、そのバックボーン等から時折除かされる、
いわゆる一般的な呼び方で言う「スピリチュアル的」面も好きである。
というか、そういった無形的な理念をしっかりと息づいた理論として展開できるのがすごい良いし
そういうスピリチュアル的な話は かなりの面で「存在いたす」と思っているので、共感 であり信奉である。
それと、議論の際など、かなり相手の論を聞いた上で、「討論」をできる人であるのが好きすぎる。
持論の押しつけではなく、相手の反駁を聞いた上で、「持論の在り方」と相手の主張の穴や、
不考慮をおしなべて説得する話ができるので、とてもすごいしすばらしい。(褒め語彙が弱い)
また、「橋下徹」も尊敬している。
なんというか、しっかりと物事を筋を通して考えられて行動できる人が好きすぎるんですよ。
「国」を憂いて「国」を良くするために働くっていう、政界人として、当然と思うことを
「本当にやっていた」ことがすごすぎる。というか、政治の人で、「国を良くするために働く」という
ポーズだけして、そうは見えないような人が多すぎる
カードは、常に国を案じていて、そして「国の未来」、「人々の将来」が心配すぎる
急速に変遷していく社会のシステムや枠組み、技術などに呼応できるほどスピーディーな
政治や法のシステムがないのが心配だ
常にしっかりと「正しい」と思われる"べき論"を考慮するための、
最新技術に対して国が適応するための、「頭脳機関」がどこにも存在しないであろうことが不安すぎる
そして、新しい世代に対して「電子機器との付き合い方」や「技術との向き合い方」や
「勉強との距離感」などをしっかりと、現在の状況を鑑みて教育に組み込めるシステムがないのが不安すぎる
ヒャダインも言っていたけど「答えだけ知っていてもそれはダメダメダメダメダメ でもなんで寄り道しなきゃいけないの」
検索すれば答えが出る問答について考慮する必要性、その場その場で変動する流動的なものに対して、
「どう教えるか」「どう付き合っていくか」、そういうことを考え、教えていくのが我々の義務ではないでしょうか?
こういう、「愛国的な論」や「次世代のための論」や「政治的な論」等を言うと、
"変" というスタンプが押される潮流、なんとかやめませんか?
みんなで発展性のある検討や議論をカジュアルに、夕飯のおかずぐらいに話せる土壌ができたらいいな、とは思うんですけどね。
自己愛で他を当惑させている場合じゃないんだよ本当
奉仕的精神をもって初めて自己愛できる自分を作ってくれよ
そんなところで横柄であったらおしまいだよ
国を、国を、今後を、未来を、なんとかしようよ
[政治家 なりかた] で検索したけどわけがわからない
単にならしておくれ
「おぼれるくん」という言葉がとにかくおもしろくて
無限に笑い続ける夢を見て、呼吸が苦しすぎるのだけれど無限に笑うのでひたすらつらくて、
自分の笑い声がだんだん大きいボリュームで聞こえてきて、うるさい!!!!!苦しい!!!!!!と
なるのだけれど、無限に笑い続けるという悪夢でした…。
おぼれるくんで笑い死ぬ人生じゃなくてよかったな本当
衰えた松っちゃん「おぼれるくんでおぼれるとこやったんや」
カード「うるせえ!!!!!!!!夏が移動するぞ!!!!!!!」
カードすす(挨拶)
面白いと思う人や、面白いと思う芸人さんが数多くおれど、
畏敬の念を持って、信奉する「この人は凄い」と思っているのは、
たったひとりしかいません。誰あろう「小籔千豊」です。
こんなに売れていて、それでいて確とした軸があり、他を説得するに足る理念がある。
怒りの沸点が低い人なので、よく怒ったりした話をするのを見るのですが、
めちゃくちゃずれた視点になったり、物事の本質を誤解したりして怒っているところを全く見たことがない。
何故この出来事が起こり、それを取り巻く人物がどういう状態で存在するか、という物事の関係性をすべて瞬時に判断し、
コメントしたり怒ったりする瞬発力と回転力がある。
仏学や政治学に始まる「見識に基づいた理論」も好きだし、そのバックボーン等から時折除かされる、
いわゆる一般的な呼び方で言う「スピリチュアル的」面も好きである。
というか、そういった無形的な理念をしっかりと息づいた理論として展開できるのがすごい良いし
そういうスピリチュアル的な話は かなりの面で「存在いたす」と思っているので、共感 であり信奉である。
それと、議論の際など、かなり相手の論を聞いた上で、「討論」をできる人であるのが好きすぎる。
持論の押しつけではなく、相手の反駁を聞いた上で、「持論の在り方」と相手の主張の穴や、
不考慮をおしなべて説得する話ができるので、とてもすごいしすばらしい。(褒め語彙が弱い)
また、「橋下徹」も尊敬している。
なんというか、しっかりと物事を筋を通して考えられて行動できる人が好きすぎるんですよ。
「国」を憂いて「国」を良くするために働くっていう、政界人として、当然と思うことを
「本当にやっていた」ことがすごすぎる。というか、政治の人で、「国を良くするために働く」という
ポーズだけして、そうは見えないような人が多すぎる
カードは、常に国を案じていて、そして「国の未来」、「人々の将来」が心配すぎる
急速に変遷していく社会のシステムや枠組み、技術などに呼応できるほどスピーディーな
政治や法のシステムがないのが心配だ
常にしっかりと「正しい」と思われる"べき論"を考慮するための、
最新技術に対して国が適応するための、「頭脳機関」がどこにも存在しないであろうことが不安すぎる
そして、新しい世代に対して「電子機器との付き合い方」や「技術との向き合い方」や
「勉強との距離感」などをしっかりと、現在の状況を鑑みて教育に組み込めるシステムがないのが不安すぎる
ヒャダインも言っていたけど「答えだけ知っていてもそれはダメダメダメダメダメ でもなんで寄り道しなきゃいけないの」
検索すれば答えが出る問答について考慮する必要性、その場その場で変動する流動的なものに対して、
「どう教えるか」「どう付き合っていくか」、そういうことを考え、教えていくのが我々の義務ではないでしょうか?
こういう、「愛国的な論」や「次世代のための論」や「政治的な論」等を言うと、
"変" というスタンプが押される潮流、なんとかやめませんか?
みんなで発展性のある検討や議論をカジュアルに、夕飯のおかずぐらいに話せる土壌ができたらいいな、とは思うんですけどね。
自己愛で他を当惑させている場合じゃないんだよ本当
奉仕的精神をもって初めて自己愛できる自分を作ってくれよ
そんなところで横柄であったらおしまいだよ
国を、国を、今後を、未来を、なんとかしようよ
[政治家 なりかた] で検索したけどわけがわからない
単にならしておくれ
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(えなりのおじゃる丸?) タイトル疑念を通過したところでカード(※記事のことです)をどうぞ 本日のカードは お、おばあさ~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!!!!!!!!!!!!!!!!! あっすみません、シンプルに「おばあさんが轢かれたとき」を行ってしまいました 人生で「...
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(えなりのおじゃる丸?) タイトル疑念を通過したところでカード(※記事のことです)をどうぞ 本日のカードは お、おばあさ~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!!!!!!!!!!!!!!!!! あっすみません、シンプルに「おばあさんが轢かれたとき」を行ってしまいました 人生で「...
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