2019年2月4日月曜日

ステーキの感想A-001, B-001, C-001

カード会社のカードです(詐称)

街のステーキ屋さん、たくさんの投稿また投票をほんとうにありがとうございました。
楽しく拝見させていただき興味深く見させていただきました。
すこしの経験値より1位くらいとれるだろと思っていた驕りもありましたが普通に全然でした

本当に皆さまありがとうございました励みになります

そんな立ち位置から何を況やという形ですが、折角ですので、
街のステーキ屋さん、気になった句にコメントをいろいろしてみようと思います。
(的外れなコメントがあったらすみません><)

A-001(季語必須)

画像で1句ということで、プレバトなどでは「画像から着想を得て、句だけで完結させる」という形を正としています。
つまり、句だけを読んで、「あ、こういう光景かな?」と見えてくるものを正解としている。
画像を見ている前提の共通意識は無い状態で句を評価しているという軸なのですが、
自分の今回の思いとしては「どちらとしてもらってもいいかな」という思いはありました。
「句として単体で成立している」というものも正だし、
「画像を見た上で評価する句である」というものも正だ、としたいとは思っており、
その中庸を説明しがたく、何も説明には書かなかったです。

なので、不説明であったので、どういう体で投稿すればいいのかで迷わせてしまった方、申し訳ありません。
どういう捉え方で投稿していただいても大丈夫です。


それでは投稿された句について、思うことが特にある場合をすらりと。書きます

妖怪きのこさん
「すれ違いできない幅で夏に入る」

いいですよねえ。これ。多分、「すれ違いできない幅」というので単線である車両を表現しつつ、
「センシティブな感情」も表現している、言葉の節約というか、効率がとてもよい形になっている気がします。
すれ違いできない幅、という言葉で自身の粗をさがす人もいれば、過去の傷や他人の顔を思い浮かべる人もいると思います。

そんな複雑な思いを乗せて夏に入る、入るというのもいいですよねぇ。
夏は来る、来るものですが、そんなものに対して最終的には挑戦的な覚悟や、決心を以て夏に足を踏み入る感じ。それが晴れやかな印象に着地しています。

からかんさん
「白き日に父母人乗せる糸遊や」
糸遊をケーブルカーの比喩として使っているのですが、この画像があれば伝わるが、
この画像がないと伝わらないので、その点を表現として差し引くかを悩んだ作品です。
1. 画像があれば、読み方は固定される
雪の日に、ケーブルカーに父母人を乗せているという意味合いで伝わり、「糸遊や」という詠嘆で感情的に詩情的に終わっているところが好みである。
2. 画像がない場合、読み方が複雑だが、とても幻想的な句になる
糸遊 という言葉は「陽炎」という意味もあるようです。そして、「白き日」という言葉はとても広がりのある言葉です。
糸遊を陽炎、とした場合、季節は夏や暑い日になるため、「白き日」を冬と読まず、別の意味を探しにかかります。
たとえば、「空が白む」という場合、朝日が昇っている状態なので、
「朝日が立ち上ったと思うや、すさまじく暑く、陽炎が立ち上る。今日は父母人を思うような夏の日である。陽炎はまるでそれを示すか、もしくは嘲笑うかのようだ」みたいな感じですかね。
どちらにしろ、読みしろがあったので、色々なことには目をつぶり点を入れました。
言葉の選び方がとても詩的なので好き(うき)でした

暴朴さん
「錦秋に卑下するようなケーブルカー」
これは、「錦秋」という言葉の選び方から、更に「卑下」という表現がケーブルカーの下降にかかっているような部分がよかったです。
端的な説明だとわかりづらいので読み取った内容から言うと
「紅葉が美しい山を、ゆっくりと下る、色褪せたケーブルカーがいる。紅葉は毎年更新されるかのようにあかあかと、ケーブルカーはその対比のあおりを食らうかのようだ。
ケーブルカーは、そんな紅葉の中をゆっくりと、卑下するかのように下っていく」
という読み方をしました。「卑下」がとても効果的だったかなぁ、と思います。

かとじゅうさん
「テュポンがごと貨物列車吹雪裂く」
テュポンをしっかり調べて力強さに実感が湧いてくると、
貨物列車の足のしっかりとした進み、吹雪を割って走るさまなどが浮かんで良かったです。

暴朴さん
「鋼索のシナプスが如き夏の山」
3点入れました。本当にシナプスで適切か?という部分がちょっと引っかかったのですけども。
まあでも、接合部分を代弁させて、「シナプス」という言葉を利用することにより、少し人物像も仄見えるので。

手すり野郎さん
「この車窓
四月か五月か
分からない」
3点入れました。四月と五月を比較して差異を見出そうとする行為自体が特殊で、すごく繊細な行為に思えます。
この登場人物の中での季節感を問いたいですねぇ。「5月とは認識しているけれども、まるでこの車窓から見えるのは4月のようだ」なのか、
「あれ?今日はもう五月?まだ四月だっただろうか?しかし、車窓の景色からどちらかはわからない。まるで四月でも五月のような…。」なのか。
もっといろんなストーリー性は見えますね。ここで、「ストーリーが色々想像できてしまう書き方」について、
"物語を伝えきれない"とか、"結局、どちらでの捉え方をしたらいいのかわからない"、などとなりがちなのですが、
取り扱っている題材がとても繊細な部分なので、「どう捉えているんだろう」という本人の感情を読み取るのが楽しいので、
プラスに転じているなあと思いました。


お題B-001
「なんで身体検査の前日はこんなソワソワするの?」
季語の有無を問わずご投稿下さい。

このお題、難しかったですね。どこまでボケればいいのかどうなのかがわからなかった…。

ちゃんこフォンデュさん
「男子より 大きくなったら 嫌われる」
かなり着地としてはベタですけど、思春期で失ってしまうピュアな部分を少しでも持ち続けて、想起させられたところが収穫でしょうか。
これが1位になる、というのが、共感や着地で評価される側面が大きかったんだなあと思いました。
悪くはない句だとは思いますが点は入れてなかったですね

字引祐さん
「ふと触れる自称「身体」の不確かさ」
自称「身体」ということにかなりの自問の跡が見られていいですねぇ。
身体検査が去ったあとは、この検討もすることがないのだ、と思うと、刹那的な不安感情が詰まっていますねぇ。

ファイナルエースさん
「去年はどこかの欄に5と書かれた」
これ面白いくない?どう着地させるかは自由ですが、
「身長の欄に 5 と書かれた」んだったら大波乱の開始であり、全体的な検査の崩壊まで描けてしまっているという。
読み方で展開が変えれてしまいますが、おもしろい着地をさせたらおもしろいと思いました。

Kouさん
「繊細な聴力が明日まで持つか」
聴力をなんだと思っているんだ
すごいか弱いんですが、すごい間違っている、という両立構図が面白い

お題C-001
雑多な単語群(自由律)

このお題、個人的にはやりやすくて楽しかったです

モーリシャスさん
「優しい副流煙だよそんな顔しないで」
端的に懐に切り込むセリフで、すごい強いですね
こんなに一瞬で懐を切り込むダメージ、なかなかないな
笑顔で人を傷つけるの、ハンターハンターのパリストンみたいな「効果的な悪意」を利用していて、
かなり考えられた結果吐かれるセリフ、というのですごい良いですね
自分は「構図」がありがちな気がして点入れなかったのですが、入れてもよかったな…。

モーリシャスさん
「女が作ったロボットって感じ」
同じく優しい考慮の人の口調で切り込むのがすごい
どういう偏見なのかというところも争点も浮かぶようで楽しい

ぺるともさん
「バスが濡れててバス停は今から濡れる」
リフレインで情報を足さないことをして情報を足す、というイメージでしょうか
自由律っぽくていいですね

妖怪きのこさん
「さみしくてバス停を抱く」
こういうのが好きなんですよねぇ
感情が物体を変容させて溶け込むというか…(長くなりそうだし説明が難しいので終わる)


というところでした。楽しかったです本当ぬ

終わり(カードの終わり)

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おじょるもる

(えなりのおじゃる丸?) タイトル疑念を通過したところでカード(※記事のことです)をどうぞ 本日のカードは お、おばあさ~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!!!!!!!!!!!!!!!!! あっすみません、シンプルに「おばあさんが轢かれたとき」を行ってしまいました 人生で「...