カードからバードに改名しようと思うんですが(勝手にしろよ)
カードぎす。(せんのかい!!!!!)
知らない面白そうな人からフォローされたので「ほ~ん」と思っていたのですが
その人がど深夜にツイキャスをやっていて、「どういう人なんじゃろ」と思って見に行ったら、
自分の知り合いがコメントをしていて、「あ、知り合いの知り合いなんじゃいか」と関係性に得心し、
「ほ~ん」と思っていたのですが、急遽、「見ているやつは名乗り出ろ!!!!!!!!!!!!!!!!」みたいなことになり、
びっくりフラッシュかと思い閉じてしまった。人は、人は怖い
こういうカードのブログを作成して、さこさこと記事を書き、怖くて「書きました!」と発表することがあまりできなくて、
しばらく色々記事を適当に放言していたのですが、全く以てリアクションはどこにもなく、
何もない方向に銃弾を打っている、あるいは、実弾が出る保証がない銃を起動し続けている、
弾は出ているのかもしれないし、出ていないのかもしれない。
あるいは更にその銃も実は実体もなく、銃すら握れていないかもしれないという、ただひたすら、無為な空VSカード fight! をやっていたわけなのですが、
本日書きました!!!!!!!!という報を久々にしたら、しゅごしゅぎ(@syogosyugi) がいいね!のボタンを押下してくれたので、
これからしばらくやっていける。しゅごしゅぎの1ふぁぼを水で薄めて 0.2 ふぁぼづつ引き延ばして食んで、5記事分くらいは頑張れる。
そのあとふかし(@sitakefukafuka) さんがいいね!のボタンと #爆散希望のボタンを押してくれたので、
こんなにありがたい話はない。ほぼはじめて(1回はボードゲームの記事という何も無いに等しい記事が4ボードゲームいいね!だった)なため、
これをこれをこれを糧として生きていく。
最近とても好きな崎山蒼志くん(@soushiclub) の話なのですが、はい、すみません、しゅごしゅぎ(@syugosyugi) と同様の書き方で人を書いてしまうと
知り合い的メソッドに見えてしまいますね。すみません、はい。歌を歌う高1 の人の人なのですけれども、AbemaTV という最近隆盛しているWeb番組サービスの
「日村がゆく」というバナナナナマン 日日日日村さんが司会の色んな特集を組む番組がありまして、その特集で「第3回 高校生フォークソングGP」という企画に
出たのが、崎山蒼志くんなんですね。ああああああああああああああ良くとても良いとだけ思いましたはい。
良いなと思ったのがあり、書く、これから書くのですが、得てして音楽家や表現者って尖りがちじゃないですか。
既成をすべて破壊し創造していくことが常であるような特性上、今まであったものを否定したり、斜めから見たり、自分が一番!と頭つんのめりがちというか。
んで、崎山くんはめちゃくちゃな創造的な人でそれに裏打ちされた技術や表現力もあり、新しいことをやっているのにも関わらず、そんな部分が全く見えないんですよ!!!!!!!!
むしろ、今まであった音楽や既存の出来事や、世の中を「素直に」享受し、そして受け止め、吸収した上で、ひとりの表現者をやっている。
崎山君が、高校生フォークソングGPの登場時に、審査員のスカートの澤部さんやサイトウジュンさんを見たときに、すごいビックリしていて、何でだと思ったんですが、
後々、ツイッターで書いた崎山君の書き込み曰く、「『日村がゆく』放送みてくださった方々ありがとうございました! 優勝することができました、嬉しいです そして尊敬する
大好きなスカートの澤部さん、サイトウジュンさん、そしてあの日村さんに評価していただけたことももの凄く嬉しかったです。」
めちゃくちゃ良くないですか????今まで聞いてきた音楽を大好きであり続け、謙虚で、音楽と寄り添っているだけという。
表現者かつ創造者なのに、「破壊」という有り体な思考に行かず、楽しいから新しいものをやり続けているだけ、ということが伝わってきて、
今まであるものを大切にする姿勢が、じーんと好き…となってしまいます。
あんな新しく刺激的な曲とうたを作ってくれる子が、こんな素直で、かつ文学的で温かみがあるの、とても安寧と好感がすごくありませんか?
Twitterより
「『恋は雨上がりにように』観ました。すごごい良かったです。余韻に浸りながら畦道を通って帰っています。」
ありふれたような幸せを享受して、そして有りもののエンタテイメントを穿った目で見ることなく周りを攻撃的にさせることもなく、
「「「「「「「「「「「大物」」」」」」」」」」」の在り方をやっている。
絶対に一度見に行きたい 有名になるのが間違いなく、その前に世俗的な評判よりも過度に評価している、という座に収まりたい
ワキャ~
2018年6月8日金曜日
2018年6月5日火曜日
すびそ
「甘いガス」というアトラクションがあったら、流行りそうじゃないですか?
かなりの密室に入るのですが、しばらくかなりの間、照明が付いたり消えたり、
色が明滅したり、かなり無音が訪れたのち、ゆっくりと、じんわりと、
「甘いガス」が出てくるというアトラクションです。
色んな感情が錯綜して、わけわからなくなって、「ホエ…」と出てくるのではないでしょうか。
カーーーーードじゃす。
破滅型のすごい登山家が山に伏しましたね。
よく、死者が出ると、「崇高なる念をもって」「厳重な気を遣って」
送り出してあげなければならない、ような空気感があることを感じています。
ただ、こういった、山に伏した人に対する空気感が、なんだか、"人" の "末" の
"ひとつの解" では?というような空気感であるのが、好きなんですよね。
往々にして、「死のリスク」と遠いところにおり、すべての活動を行っている人、
「歌」や「スポーツ」や「芸事」や「一般業務」等々等々etcetc の人人々々が
死んでしまうと、「死」というものは「忌避していた」ものであり、
望まぬ「終わり」という感が強くなり、みんなが「><」となってしまう。
登山家や、ジャーナリストにおける「死」はある意味、「本懐」と取れなくはない。
人によっては望まぬ「終わり」ではありますが、しかしながら、「死」をお隣さんとして
認めて活動を日々行っていた者としては、ある意味、傍受すべきことだと思うのです。
当然、望まぬことではありますが。ただ、多く、傍に、「死」を抱き枕として寝ていたことで、
それに対する、受け取り方は、「準備」されていたのではないでしょうか、ということ。
すきな漫画が2つあるのですけど、「神々の山嶺」と、「プラネテス」というやつです。
前者なんてまさに、今回のようなことに似たことを考えさせられる漫画で、
両社に特に共通する項としては、「孤独の在り方」を通して、「死生観」に特に
触れられる漫画です。
神々の山嶺は、何故だか愚直にエベレスト山頂を目指す人たちの物語が描かれています。
死や危険を顧みず、「本来であれば必要ない」ことをする。
本来であれば必要ないんですよ。山を登ることも。何かを追い求めることも。
でも、立ち返ってみると、"必要ない、という行動"は、本来、存在しないです。
必要ない、という無粋な言葉でくくってしまうのであれば、食事や呼吸などが
「生命を維持するため」に必要であって、それ以外はなにも必要なくなってしまう。
また、言ってしまえば、その「生命を維持するため」の活動が「必要」という決まりもない。
何をもってして、必要ない、と決めるのか、は「その人次第」で、
また、「その人も明確な答えを持っていない」わけです。
また、「明確な答え」は無いし、何をもってして、「答え」とするかという定義もない。
いわゆる、決めたもん勝ちの状態だと思っていて、「自分にはこの活動が必要!!!!!!!!」と
宣言し、遂行したら、生命が完成するのだと思うのですけど。どうですかね。
僕が昔したツイートを他人に「これすごい好きでした」と言われたことがあるのですが、
「死産は人生のTAS」というむちゃくちゃ不謹慎なツイートをしたことがあります。
ここで不謹慎なのは、周りを取り巻く人のことを一切考慮せず、「人の死生観のひとつ」としての
例示を一方的にしてしまっているのが不謹慎なのですが、
ただ、その点を不謹慎レンズを外して見て、「人の在り方」「人の終わり方」の正解をどう設定するか、
という考慮をすると、死産は、"亡くなった赤ちゃん本人がそう思っていれば" クリア なのです。
自分はいつ、クリアをするんだろうか。
生きる理由を探すというより、死なない理由を探して生きていく、後進的年輪を重ねる日々ですが、
ビルの窓がでかいと笑ってしまう。
窓がでかいと笑っている人間はたぶんそんな死ぬ理由がないと思うのでだいぶ大丈夫だ。
自分の前世はうにを殻ごと飲んで涙目になっている鳥のGIFだと思います。どう?
(話、戻される)
プラネテスという漫画は、とにかく宇宙で、生き方について考えることを強いられるというか、
「起こされる」漫画です。
日々、毎日、常時、「死に方」や「在り方」を考えていたら、その人は DangerMan です。
ふつうを少しやめてしまった人。ただ、それについて全く考えずに、「日常をやる」だけで
手一杯な人は、"寝ている"、"寝る"ことによって、泡沫の人生の安寧をほの覚えただけではなかろうか。
たとえば、でかい借金取りがでかい音ででかいドアをでかいドンドンドン!!!!!!!で
「でかい〇〇さん!!!!!!!!そこにいるのはわかってますよ!!!!!!!でかいいるんでしょ!!!!!」
と叫びたてたとして、布団をかぶって、早く行ってくれ・・・・とガタガタ震えながら、
耳栓をして、気づいたら寝ている。そんなシチュエーションの中で、いま、その眠りにつき、
「でかい夢の中」にいる状態なんじゃないでしょうか。
人生において、「考えること」を放棄するととても楽になるのですが、それが正解!とピンポンの音が鳴るかと言われたら難しい。
一度、起きて、死生観を考えてみないと、突如訪れる終わりに >< となってしまうだけなのはもったいない気もします。
「宇宙」に行ったら、多分、みんな「起きる」んじゃないでしょうか。
きっと、宇宙に行っても、のほほんと、「あ~~~~~~~~日常!宇宙最高!!!!!!!!」と
なっていたら"亜人"では?????????
たぶん、概ねが「起き」、「人の在り方」などを、自問自答の俎上に上げるのではないでしょうか。
自分はある程度の DangerMan 寄りなので、よく「終わり方」を考えているというか
"それ"をグルグル意識してしまい、ほぼ常時頭をとらえて離してくれることが少ないのですが、
逆に、「宇宙」に行って、新しい回答 を得たい ということは思っています。
宇宙 に行くクラウドファンディングでもして、40億円くらい集まらないだろうかしら。
それかでかいワシの爪で「クリア」したいね。
かなりの密室に入るのですが、しばらくかなりの間、照明が付いたり消えたり、
色が明滅したり、かなり無音が訪れたのち、ゆっくりと、じんわりと、
「甘いガス」が出てくるというアトラクションです。
色んな感情が錯綜して、わけわからなくなって、「ホエ…」と出てくるのではないでしょうか。
カーーーーードじゃす。
破滅型のすごい登山家が山に伏しましたね。
よく、死者が出ると、「崇高なる念をもって」「厳重な気を遣って」
送り出してあげなければならない、ような空気感があることを感じています。
ただ、こういった、山に伏した人に対する空気感が、なんだか、"人" の "末" の
"ひとつの解" では?というような空気感であるのが、好きなんですよね。
往々にして、「死のリスク」と遠いところにおり、すべての活動を行っている人、
「歌」や「スポーツ」や「芸事」や「一般業務」等々等々etcetc の人人々々が
死んでしまうと、「死」というものは「忌避していた」ものであり、
望まぬ「終わり」という感が強くなり、みんなが「><」となってしまう。
登山家や、ジャーナリストにおける「死」はある意味、「本懐」と取れなくはない。
人によっては望まぬ「終わり」ではありますが、しかしながら、「死」をお隣さんとして
認めて活動を日々行っていた者としては、ある意味、傍受すべきことだと思うのです。
当然、望まぬことではありますが。ただ、多く、傍に、「死」を抱き枕として寝ていたことで、
それに対する、受け取り方は、「準備」されていたのではないでしょうか、ということ。
すきな漫画が2つあるのですけど、「神々の山嶺」と、「プラネテス」というやつです。
前者なんてまさに、今回のようなことに似たことを考えさせられる漫画で、
両社に特に共通する項としては、「孤独の在り方」を通して、「死生観」に特に
触れられる漫画です。
神々の山嶺は、何故だか愚直にエベレスト山頂を目指す人たちの物語が描かれています。
死や危険を顧みず、「本来であれば必要ない」ことをする。
本来であれば必要ないんですよ。山を登ることも。何かを追い求めることも。
でも、立ち返ってみると、"必要ない、という行動"は、本来、存在しないです。
必要ない、という無粋な言葉でくくってしまうのであれば、食事や呼吸などが
「生命を維持するため」に必要であって、それ以外はなにも必要なくなってしまう。
また、言ってしまえば、その「生命を維持するため」の活動が「必要」という決まりもない。
何をもってして、必要ない、と決めるのか、は「その人次第」で、
また、「その人も明確な答えを持っていない」わけです。
また、「明確な答え」は無いし、何をもってして、「答え」とするかという定義もない。
いわゆる、決めたもん勝ちの状態だと思っていて、「自分にはこの活動が必要!!!!!!!!」と
宣言し、遂行したら、生命が完成するのだと思うのですけど。どうですかね。
僕が昔したツイートを他人に「これすごい好きでした」と言われたことがあるのですが、
「死産は人生のTAS」というむちゃくちゃ不謹慎なツイートをしたことがあります。
ここで不謹慎なのは、周りを取り巻く人のことを一切考慮せず、「人の死生観のひとつ」としての
例示を一方的にしてしまっているのが不謹慎なのですが、
ただ、その点を不謹慎レンズを外して見て、「人の在り方」「人の終わり方」の正解をどう設定するか、
という考慮をすると、死産は、"亡くなった赤ちゃん本人がそう思っていれば" クリア なのです。
自分はいつ、クリアをするんだろうか。
生きる理由を探すというより、死なない理由を探して生きていく、後進的年輪を重ねる日々ですが、
ビルの窓がでかいと笑ってしまう。
窓がでかいと笑っている人間はたぶんそんな死ぬ理由がないと思うのでだいぶ大丈夫だ。
自分の前世はうにを殻ごと飲んで涙目になっている鳥のGIFだと思います。どう?
(話、戻される)
プラネテスという漫画は、とにかく宇宙で、生き方について考えることを強いられるというか、
「起こされる」漫画です。
日々、毎日、常時、「死に方」や「在り方」を考えていたら、その人は DangerMan です。
ふつうを少しやめてしまった人。ただ、それについて全く考えずに、「日常をやる」だけで
手一杯な人は、"寝ている"、"寝る"ことによって、泡沫の人生の安寧をほの覚えただけではなかろうか。
たとえば、でかい借金取りがでかい音ででかいドアをでかいドンドンドン!!!!!!!で
「でかい〇〇さん!!!!!!!!そこにいるのはわかってますよ!!!!!!!でかいいるんでしょ!!!!!」
と叫びたてたとして、布団をかぶって、早く行ってくれ・・・・とガタガタ震えながら、
耳栓をして、気づいたら寝ている。そんなシチュエーションの中で、いま、その眠りにつき、
「でかい夢の中」にいる状態なんじゃないでしょうか。
人生において、「考えること」を放棄するととても楽になるのですが、それが正解!とピンポンの音が鳴るかと言われたら難しい。
一度、起きて、死生観を考えてみないと、突如訪れる終わりに >< となってしまうだけなのはもったいない気もします。
「宇宙」に行ったら、多分、みんな「起きる」んじゃないでしょうか。
きっと、宇宙に行っても、のほほんと、「あ~~~~~~~~日常!宇宙最高!!!!!!!!」と
なっていたら"亜人"では?????????
たぶん、概ねが「起き」、「人の在り方」などを、自問自答の俎上に上げるのではないでしょうか。
自分はある程度の DangerMan 寄りなので、よく「終わり方」を考えているというか
"それ"をグルグル意識してしまい、ほぼ常時頭をとらえて離してくれることが少ないのですが、
逆に、「宇宙」に行って、新しい回答 を得たい ということは思っています。
宇宙 に行くクラウドファンディングでもして、40億円くらい集まらないだろうかしら。
それかでかいワシの爪で「クリア」したいね。
バーチャル敵tuber
こんにつは。
「言葉が刺さりやすい」人や「怒りやすい」人は読まないでください。議論ではなく共感が欲しいだけで責任を取りません
面白くない人というか迷惑な人って「わざわざ面白くないほうに解釈するのがうまい」気がするんですけど、
どうでしょうか。
ふと思ったんです。あ、カードべす。(自己紹介です)
ふと、とても面白いツイートを行おう、実施しよう、施工しよう、開催しよう、と思ったのですが、
「俺たまにうんこしちゃうんだよな」
というツイートをしようとしたんですよ。
たまになわけ、ないじゃないですか。人類の基本パックとしてうんこはセットになっているわけで。
・うんこという事象をレアなことだと捉えている
・しちゃう、という言い回しから、うんこをすることを「悪」だと捉えている
・周りはあたかもしないものとして誤認している
・とぼけた感じで悪びれずにうんこに関する言及をしている
という感じの思いなのですが。
ここから、"勝手に" "存在しない筈の" 仮想敵と戦ってしまうのですが、本当に偏見ですが、
面白くない人って、これを曲解して「面白くないほうに着地させる力すごくない??????」と思うんです。
いや、今回は例も悪いというか、伝わりにくいから、別に解釈がずれていてもしょうがないし、大丈夫なんですよ!!
でも、このツイートを押し留まった理由は、このツイートの書き方もすごいセンシティブというか、解釈をとてもゆだねられており、
どうとでも解釈できるような内容なので、「人を映す鏡」になっていると思ったからです。
ここで、こういう仮想敵がいるかもしれないし、という戦いをしたのですが、
「俺たまにうんこ(漏ら)しちゃうんだよな」
という解釈も、できなくはない文面じゃないですか。
そうなると、この文言のオモシロ戦闘力がほぼ0と化して、無味か少し味がついた程度の身体的ハンディキャップや短所をおもしろめいて報告してる"感"文章と捉えられたら
あー死休み だなと思ったんです。
仮想敵と戦いますけど、そういう面白くない人って、勝手にそういう解釈に着地させるきらいがありませんか!!!!!!!??????
オモシロ畑以外の人だったら全然大丈夫なんですよ。割と解釈のしようというか、すごい微細なオモシロどころを齧ってもらうツイートになって、伝わりづらいは伝わりづらいやつだよなーーーーーーとは
思っていたので、捉え方がうまい人にだけ伝わってくれればいいな、という思いなので。
勝手にそう思ってるだけなので、偏見でしかないし、勝手に何と戦っているのか、今はわからないのですが、
「面白い方向に解釈すれば」まっとうに面白いことを、曲解して、自身の経験値上コメントできる出来事と曲解して、取り扱ってくるような傾向がある人が
ぽつぽつといるような気がして、とても怖い!!!!!!!!!!!!
今回は微妙にわかりづらい例事象だったので、こっちに非もある案件なので、そこまで伝わりにくいかもですけど、もっとわかりやすいようなものでも「ピントズレ解釈」が散見されている気がして、"死" なり
永遠にこういう仮想敵と戦いながら生きているので、永遠にボロボロなわけです。
"解釈"を"考慮" してくれ、そして"考慮"しない人は"脳死リプライ"で暴力を振るうのをやめてくれよ
頼むよ
あとペプシのキューカンバー味、ファンタもぉ~もぉ~ホワイト味、チロルチョコ北海道ゴーダチーズ味
復活してくれよ
頼むよ
「言葉が刺さりやすい」人や「怒りやすい」人は読まないでください。議論ではなく共感が欲しいだけで責任を取りません
面白くない人というか迷惑な人って「わざわざ面白くないほうに解釈するのがうまい」気がするんですけど、
どうでしょうか。
ふと思ったんです。あ、カードべす。(自己紹介です)
ふと、とても面白いツイートを行おう、実施しよう、施工しよう、開催しよう、と思ったのですが、
「俺たまにうんこしちゃうんだよな」
というツイートをしようとしたんですよ。
たまになわけ、ないじゃないですか。人類の基本パックとしてうんこはセットになっているわけで。
・うんこという事象をレアなことだと捉えている
・しちゃう、という言い回しから、うんこをすることを「悪」だと捉えている
・周りはあたかもしないものとして誤認している
・とぼけた感じで悪びれずにうんこに関する言及をしている
という感じの思いなのですが。
ここから、"勝手に" "存在しない筈の" 仮想敵と戦ってしまうのですが、本当に偏見ですが、
面白くない人って、これを曲解して「面白くないほうに着地させる力すごくない??????」と思うんです。
いや、今回は例も悪いというか、伝わりにくいから、別に解釈がずれていてもしょうがないし、大丈夫なんですよ!!
でも、このツイートを押し留まった理由は、このツイートの書き方もすごいセンシティブというか、解釈をとてもゆだねられており、
どうとでも解釈できるような内容なので、「人を映す鏡」になっていると思ったからです。
ここで、こういう仮想敵がいるかもしれないし、という戦いをしたのですが、
「俺たまにうんこ(漏ら)しちゃうんだよな」
という解釈も、できなくはない文面じゃないですか。
そうなると、この文言のオモシロ戦闘力がほぼ0と化して、無味か少し味がついた程度の身体的ハンディキャップや短所をおもしろめいて報告してる"感"文章と捉えられたら
あー死休み だなと思ったんです。
仮想敵と戦いますけど、そういう面白くない人って、勝手にそういう解釈に着地させるきらいがありませんか!!!!!!!??????
オモシロ畑以外の人だったら全然大丈夫なんですよ。割と解釈のしようというか、すごい微細なオモシロどころを齧ってもらうツイートになって、伝わりづらいは伝わりづらいやつだよなーーーーーーとは
思っていたので、捉え方がうまい人にだけ伝わってくれればいいな、という思いなので。
勝手にそう思ってるだけなので、偏見でしかないし、勝手に何と戦っているのか、今はわからないのですが、
「面白い方向に解釈すれば」まっとうに面白いことを、曲解して、自身の経験値上コメントできる出来事と曲解して、取り扱ってくるような傾向がある人が
ぽつぽつといるような気がして、とても怖い!!!!!!!!!!!!
今回は微妙にわかりづらい例事象だったので、こっちに非もある案件なので、そこまで伝わりにくいかもですけど、もっとわかりやすいようなものでも「ピントズレ解釈」が散見されている気がして、"死" なり
永遠にこういう仮想敵と戦いながら生きているので、永遠にボロボロなわけです。
"解釈"を"考慮" してくれ、そして"考慮"しない人は"脳死リプライ"で暴力を振るうのをやめてくれよ
頼むよ
あとペプシのキューカンバー味、ファンタもぉ~もぉ~ホワイト味、チロルチョコ北海道ゴーダチーズ味
復活してくれよ
頼むよ
2018年5月11日金曜日
ツイあがり
ときどき、ありえないくらい、感情が敏感に尖ることがあって、
本日、"それ" になって、今回はパズドラのドロップが「宝石みたいで綺麗だな…」と感動して泣いてしまった。
カードだす。
甘いものを脳が欲していて、「ルマンド」を購入しましたが、
甘いもの を欲したときに「ルマンド」は違くない?
甘いもの を脳が欲したらさ、チョコとかさ、シュークリームとかさ、
もっと、こう
あるでしょうに
なんで、ルマンド を買ってしまったんだ?
案の定 違かったな と脳がしゃべりだす始末だし
最近なんですけど、「「赤い」」が面白くて仕方ないので、何とかしたいと思います。
「赤い」選手権をやります。赤い何が面白いのか を全通り試して、最強赤を決めたいと思います。
赤い鳥
赤いビール
赤いiPhone
赤い水
赤いうんち
赤い虎
赤いボール
赤い石
赤い桃
赤いテレビ
赤い壁
赤い斧
・・・・全部弱くない??????????????????????
「赤い」が面白いと思った感情返して欲しいよ
すべて、面白い言葉クロニクルオンラインとかであったら無料ガチャで出る装備だろ
赤い虎 だけ課金かもしれん
こいつらが巻き返す方法、
がいこつがツバを飛ばしながら戦う「罵声でぶちのめせ!!!!!!!!」で
めちゃくちゃ強くて、131連勝とかして殿堂入りした挙句「ぬすっとど」とかに負ける くらいだな
罵声でぶちのめせ?とは?となった方へ
→何か適当なワードを入れると、ランダムでパラメータが決まって、言葉同士でタイマンで戦うブラウザゲームです。
罵声でぶちのめせ!!!!!で
「赤い斧!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
でめっちゃパラメータ高かったら面白いし
それが「ぬすっとど」に負けたら面白いなという話でしかない
昔、罵声でぶちのめせ!!!!!!で、「バーバママ」でめちゃくちゃ連勝して一生面白かったな
「言葉で戦う」のは大喜利と同種なので「罵声でぶちのめせ!!!!」の大会があってもいいと思うんだが?
うっせーハゲ VS バケツ買いました
とかの勝負になるの、楽しすぎたからな
美味しい餃子を教えてください。~完~
チャクソンドラッグ
「よくぞ、来た!勇敢なる勇者の息子 カーードよ!」
いや、伸ばし棒2つ要る??????名前で力(りき) 入れて言う????????
「お前にはこれから世界を救ってもらう!!!!!!!!!!!!!」
他力本願なときにそんなテンション上げれる????????テンション差で行きたくなくなるだろ
「これからお前には世界を救ってもらう岡崎体育!!!!!!!!!!」
語順を入れ替えただけだし、なんだよ最後のノイズ
「世界を!!!!!!!!!!!!岡崎体育」
うるせ~ 曲みたいになってんじゃんし
「この世界は混沌として邪悪なモンスターであふれかえってしまった」
はい
「これも、そなたの父である勇者の封印の剣が疲労破壊したため…」
普通何者かが壊したりしない????????耐久性の問題を出すなよ、耐久度のあるゲームはだいたいクソに8割寄るんだから
「さあ、行け!!!!!!!!!!!カード!!!!!!!!岡崎体育!!!!!!!!!」
だから2人組みたいになってんじゃんし どっちも世界を救う感 無ぇ側じゃんし
「これからのことは 街の酒場に行けば面倒を見てくれるだろう… 岡崎体育」
いや、進んでいく物語で、ボケの強度が弱まって、"工夫が見られない天丼" するかね???????????やばいぞそれは
「酒場へ行くのだ!!!!!!!!!!!!!!!!」
煙たがっている人の誘導の仕方じゃんし お前に呼ばれて来たんだぞこっちは
「カーード!!!!!!!!!!!!酒場に行きなさい!!!!!!!!!」
お母さん やめ~や
ということで酒場に来るんだが、昼、酒場閉まってんしよ ふざけ
「!!!!!」
?なんだあれは 黄色い光が動いているような
「・・・あなた、カードでしょ!」
もしかして、これは妖精!?
「そう、私はナビィ」
いや、ゼルダの伝説 鬼パクり!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「妖精のナビィ」
色、コンセプト、立ち位置、名前、全部行った!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「ここは岡崎体育のエゴサーチのしにくくなった世界」
いや、そういうんで語尾につけてたんかい!!!!!!!!!!!!!!!!!!
死を持ってやめる!!!!!!!!!!!!!!!!!
~死んだので終わり~
2018年5月10日木曜日
さみたれ
最近、「無い」ことが羨ましい
「無い」ことは、これから「有れば」いいだけであり、
むしろ、もともと「無かった」のだから、「得た」になるわけだ。
「こち亀 有名」でググると120番目くらいに出てくるであろう画像に、
両さん勘吉さんがこう説くシーンがある。
ほいよ、これ120番目に出てきた こち亀 アチアチ 画像ね
これこれ 不良よわそうでワロタ
こういう論調が「両さんええこと言うやんけ~」と取りざたされている以上、
それが「気付き」であり、もともとの人間の思考としては「不良が頑張った!?えらい!」にすぐ
流れるのが自然でありそうなのは、そう思います
つまり一度「無い」になるだけで「有れば」よいのわけでがんすで。
面白いことをアンテナを最大バリ3MAX最もにしている状態がゆえに、
普段が往々にして「ある」から、「その中から、際立って"ある"」を探さないといけないわけです。
店長(@tencho_u) の Twitter がバカバカウケてボーナスステージで、刀を振るえば3体倒せるガンダム無双、あるいは三國無双の甘寧のゲージ技オラ、オラ、オラ~!状態になっているのは今、「無い」、こいつは「無い」状態を何故か作り出して、
そこから、薄味の「ある」を探し出してもらったり、あとは「無い」状態が「有る」に見えてくる「(ことわざ)一周回って云々云々」になったりしているからすごいのという話。
「無い」を続けたら「有る」ようになるのは、ネタボケライフにいる「普通マン」もそうだし、「普通のことを言う」という、大喜利に対しての回答としては、「無価値」を続けとおすことで、そこまでの「無価値」は今までない「有価値」になるというアレアレアレです。新谷良子も「焼きそば」という回答を続けて大喜利に対しての回答としては、「無価値」を続けとおすことで、そこまでの「無価値」は今までない「有価値」になるというアレアレアレです。焼きそばって毎回言うの面白すぎるだろ
オーラ全開で「有る!!!!!!!!!!!おらは有るだーーーーーーー!!!!!!」と孫悟空が生きている間 常に界王拳やらをON にして、その状態で「カーーン!」と急ゴングが鳴り響いて戦闘を行った場合、
力量がもう見えている分しかないので、とても負けそう。相手からも「あれが全力」という見え方をしていた分、
相手も「あれを倒せばいい」と見えてしまうわけで、そこからの増分やり、手の内を隠すところに戦闘の妙味があるのだわ(お嬢)。
「有る」を無限に続いていた結果、「更に有る」があり続けて爆爆発発(ばくばくはつはつ)したのが、
こだまさん(@eshi_ko) やり 元11才さん(@moto_eleven) だったりするのだと思うのです。
「有る」人でも「有り続けない」といけないというのは往々にしてそうで、逆に「無い」のに「有る」というていをしていたら、
非常にまずい あぼ~んマーケット状態になってしまうと思います。
たとえば、バカボンのパパが冴える回 というのがあるとき、それは普段がパ~だから「何で冴えるねん!!!!!!!!!バハハ(ドラクエのハッサン的な骨格の人の笑い声)」という展開になるわけでして、
普段、めちゃくちゃ冴えてるていを装っているのに、ほんとうは パ~ であったら「何こいつ実はやばいやつじゃん 実ミュート(リアルミュート) しよ」と パ~~~~~~ となってしまうわけです。
ということで、我々は結局1本の線であるわけで、生きて、死ぬまでの
[生まれ駅]ーーーーーーー[死に駅]
でしかすぎないので、別の線路にいます!!!!!!!の「有る」はできないので、変に気張らず同種であり、
「全人種、全同様」と考えた上で、自分は「無い」状態になりたいでやんすね。
やんすという語尾のままビン底メガネをかけて、畑で取れた人の形に見える野菜でウケていたい、ということでしかない。
普段行ってるスーパーでおじさんがすべって転んでたら笑うし、子供がでかい声で「サラダせんべい!!!!!!!!!!!!」と必殺技みたいに言っていたら笑うだろ
日常で生きていて、僕は「無い」けど、そのおかげで周りの増分だけで「ワハ~」となれていたら幸せじゃないですか???
ということですべて捨てるということですべて無くなり、これから「有る」ようになるのです。
あまり変に生きると、それが「無い」状態にはならなくなり、日常的な「ワハ~」がたくさん消えていき、「ご愁傷様」とbot からリプライが来てしまう。
変に生きるのは、やめたほうがいい
変に生きるのは、やめたほうがいい
ノーマルカードになったおかげで、これから同じ能力でも「キラ」カードになっただけで価値が出る
みんな、すべて捨てましょう
なんだこの記事???????主張がよくわからないことになっていて適当だが「思い」をタイプするだけで、
身軽になる 楽さ が好きでやっておるので見逃して欲しい
最も という文字列を見ると
最上もが を思うね
~完2~
2018年5月7日月曜日
チン豚舎ん点とん
朝18時だしプレイ記を書くか。
今年に入って多くのボードゲームをプレイする機会に恵まれるも、それを記録していなかったので、情報通過の儀が発生してしまう寸前のところまで来ている。
ワギャンランドのボス戦のしりとりの裏読みは忘れないのに、直近の出来事は忘れてしまう。
これは重大な欠陥であり、もし自分が新品で買われた製品なら「不具合だ!!!!!!!!!!!!」と森が騒ぎ立て 痛いニュース となってしまうくらいの案件だ。
ということで、今年プレイしたゲームをすべてリスト化する。すべて一言添えたければ添えるというパセリスタイルでいこう。
スタイルと言えば、kou (Twitter:zaditen) さんとカラオケにいったときに歌ってくれたカンナムスタイルが頭から離れない日が1年に2度くらいある。
さて、リストリスト。う~リストリストと言いながらリスト公園に入るぞ
~リスト公園~
我が社のロゴを描きたまえ
→例えば「サイゼリア」みたいなお題が出された場合、うろ覚えでロゴを書くやつ。
キャラクターとかだと画力の差が著しく出るものの、ロゴだと、文字ベースなものが多く、
配置の記憶などが重要となってくるため、画力の差が意外と反映されないのが面白い。
スパイフォール
→正体秘匿系。複数の場所がゲームボード上に存在する。全員秘密裏に場所カードを受け取る。
このときに配られる場所カードは、全員共通のものを配る。例: バー など。
そのため、全員が同じ場所にいる、という設定になる。
ただし、1名だけ、スパイカードが配られており、どこにいるのかがわからない。
その状態でゲームが開始となり、時間制限の中、質問をターン制で行う。
スパイはその質問のやり取りの中で場所を察し、他の人は場所がばれにくくも、
自分はスパイではない、とわかってもらえる程度の会話を行わなければいけない。
というゲーム。まあ、ワードウルフに近いゲームですかね。
正体秘匿系のゲーム、正直理不尽感というか、「うまく立ち回ったな~」と思えることが少ないから
あまり好きじゃないのですが、場所というエッセンスと、共通ボードに書いてある要素から、
ヒントになることが多く、スパイを引けてもうまくやれる場合がある、という妙味は面白いかも。
でも初手で質問がスパイに飛んできた場合すぐにボロが出るので、そのへんは うぅん と思っちゃうのですが、
それを含めて盛り上がるゲームだから、まあいいのかな。
コードネームピクチャー
→めちゃ売れたコードネームってゲームがありましたけど、そのお題が「絵」になったバターンです。
コードネームすら知らない人向けの説明としては、赤チームと青チームに分かれて、
各チームのリーダーに「このお題カードをメンバーに取らせろ」というミッションが与えられます。
リーダーは、16枚の「絵」のお題カードに対して、取ってほしいカードを
匂わすヒントを出す…。たとえば、「魚」が書いてあるカードと「雨」が書いてあるカードを2枚取ってほしかったら、
「水」というヒントを出すというような。
ただし、そこに「水槽」の絵とかが「敵チームの得点になるカード」として存在すると、「水」というヒントが
使えなかったり…。
コードネームはやったことがある方も多いかもしれませんが、ピクチャーのプレイ感は、特に
「共通項」を見出してヒントを出す、という作業が特に難しい。「文字情報」という確たるお題ではなく、
「絵」を通してそれを自身で視認した情報に変換し、そこからヒントをあつらえる、という特性上、
「人によって見え方が違う」場合のヒントの著しい暴走を見るのはとても楽しかったです。
文字情報だと「二手詰め!」みたいなロジカルパズルみたいに解いてしまうイメージになっていますが、
絵情報だとそこに膨らみが持たされて、どっちも違った楽しみが与えられてよいですね。
こっちのほうは「擬音あり」など、緩いルールでやるのがよさそうですね。
イマジナリウム
→工場を運営し、資源を作成し勝利点を得ていく、拡大再生産、ないしは地道に得点を得ていくフローのゲーム。特筆すべきはそのコンポーネントのデザインのサイケデリックな感じと、そのパンキストなアートワーク。これだけで心躍るやつ。あとはアクションを⇔で指して、行うのだが、対向線上のアクションがセットになっているのが面白かった。本当は抽出と雇用がしたいのに!って場面でも、抽出と対向線上のアクションを行って、次のターンに雇用、という手間が発生する。いかにリソース具合やら、最短手番で出来る効率解を導出できるか、という管理能力も問われてくるゲーム。なにより、リソースがどんどん生み出せるように工場が回りだすととても楽しい。
ごいた
→将棋をモチーフにした手牌を配るのだが、どちらかというと、麻雀に近いプレイ感の4人ゲーム。手札を出し切ったら勝ち、というシンプルなゲームで、2VS2のチーム戦に必ずなるのだが、スタートプレイヤーが「銀」を出したら、他のプレイヤーは「銀」や「王」を出さないと止めれない。止めれないと、スタートプレーヤーにまた連続手番が来てしまう。ただ、ここで重要なのは「チームメイトの出したカード」だと、あえて止めずにスルーする、という選択肢がある、ということ。つまり、パスすることによって、チームメイトにあがってもらおう、という戦略が発生すること。逆に、自分が止めて、自分があがりに行くプレイなどもできなくはないし、チーム内での手持ちや相手の手持ちを想像して、プレイングをするのが、とても楽しいゲーム。このゲーム、めちゃくちゃ好きです。なんというか、予想した相手の手牌が、その通りだった場合、読み切って勝てる、ということに直結して、プレイングと貢献度が密に出やすいゲームなのだ。
かうんとり
→数字と色が書いてあるカードがある。順番にプレーヤーがそれをめくるのだが、引いたカードに応じて、「発声」をする。
引いたカードに応じた、ルールがあらかじめ定められているのだ。
めちゃくちゃシンプルに、
赤&紫:日本語
青&緑:英語
とかのルールだったとしたら、青の7を引いたら「セブン」と咄嗟に発声できればよい、という具合だ。
ここに、特殊ルールが付与されたりして、ぐちゃぐちゃに脳が混乱してうまくいかなかったりする、そんなゲーム。なかなか楽しい。
トリビアルパスート
→クイズゲーム。すごろくのように駒をすすめて、すすめたマス目に書いてあるジャンルの問題が出題される。正解すると、その色の「得点ピース」がもらえる。チーズケーキの1ピースみたいな形。それを6色集めて、円にするとクリア目前。最後の中央でのクイズに答えればクリア、というかなりバラエティブルなゲーム。
そして、このゲームをやったときに強烈なスパイスとなったのは「1978年度発売版」だったということ。多くの人の生年前の常識クイズが、今の常識クイズとして通用しないのが、とても面白く、バランスは崩壊したが、いいほうに崩壊した。
例えば、今、May.J を問われるクイズを出題されたとしても、正答率7割程度をはじき出すかもしれないが、これが50年後のクイズとしたら、それはもう、今後のMay.J のがんばりによるだろう。そんなわけで、「知らない人」と「知らない人」の間に生まれた子供の名前は?というクイズの答えで、正解が「知らない人」だったりして、クソ面白かった。クイズとして答えられなくもないレベルのが混入されていたのも良いスパイスだった…。
詠み人しらず
→一人づつ、ばらばらに、一文字づつ文字を書いて、川柳を作成する、これもまたバラエティブルなゲームですね。
できた句の例)
ろーぷひも しょんべんでいま ぬれていま
これ、「ろーぷひも しょんべんでいま ぬれてい」まで完成した状態で手元に来たんですけど、これで
「ろーぷひも しょんべんでいま ぬれている」で終わったら、盛り上がりがない句になるなあと思いつつ、緊迫感を増す
「ろーぷひも しょんべんでいま ぬれていま」
という反復を用いた名句になりました。ふざけてる。
スカルキング
→割とシンプルなトリックテイキング。ウィザードとか、トリックテイキング系すげーすきなのでこれもすげーすきだった
おバカ回答
→自作ゲーム。説明割愛
真打
→落語家になって、「どの演目」を演じるか、ということを懸案して、「点数」を得るゲーム。コンセプトから見ると、とても考えることの多そうなゲームなのですが、コンセプトがとても詰められているというだけで、実情はシンプルなカードゲームです。でかい数字を出すと対象の「寄席」を取って得点になる、みたいな。
非情に落語好きなんだろうなあってのが伝わるのがよかったですね。
キティーズ
→ネコになって、ボスネコよりも、すこし劣る餌場で点を稼ぐゲーム。ボスネコ1人、ネコ残り人が、みんな一斉に餌場カードを出すのだが、ボスネコよりいいカードを出してしまうと、点数にならない。
ボスをたたせなければならないのだ。
こういう、空気読む、ひりつく読みあいのハゲタカ系ゲームとてもすきです。
サイズ 大鎌戦役
→めっちゃ面白いねぇこれは…各人が「国」を担当して、もっとも多く得点を得たら勝利というゲーム。
これは、非常に重ゲーなので、どこを抜粋して説明したら面白みが伝わるかわからないので、色々調べてみてください。それか実際にやってください。とても面白いので重いというハードルを越えれば相応の見返りがありますよ…。
クソポンチ絵選手権
→「ホワイトボード」を得て、「環境問題についての対策」みたいなお題を出されて、いらすとやとか、フリー素材とかのマグネットがたくさんあるので、それを駆使して、プレゼン用の資料を作成するゲーム。これは得意な人は得意だろうなあ。自分はやりたいことが窮屈になっちゃってなんとも…
ワイナリーの四季
→ワインを作る。春に「起床計画」を立て、夏に「ぶどうの種」を購入したり、「植樹」したりして、秋に「訪問者の調整」をして、冬に「収穫」や「醸造」や「出荷」をするゲーム。
とても面白い。得点ソースが生産や出荷だけに依らず、強力なパンチのきいた「訪問者」の存在がゲームを際立たせている。また、得るべきゴール得点から見た、「1点」の比重の大きさも面白い。「1点」を支払って対価を得る、なんてものの悩ましさとか。これは何回でもできますね。おもしろい。
ダイスフォージ
→ダイスカスタムゲー第1弾。ダイスをカスタムして、強いダイスをカスタムして、ダイス目で攻撃素材を得て、敵をたくさん倒して勝利点を得よう!というゲーム。これ楽しい。ダイスゲー最高。
ラットルボーン
→ダイスカスタムゲー第2弾。ダイスをカスタムして、強いダイスをカスタムして、ダイス目で勝利点を着々と得よう!というゲーム。これ楽しい。ダイスゲー最高。
死ぬまでにピラミッド
→ピラミッドを作るゲーム。面白いのは、特定のタイルを取ると、「寿命」が減っていくということ。「寿命」がなくなったらラウンド終了で、ピラミッドが完成していないと、うんちになってしまう。
アイルオブスカイ~属州から王へ~
→カルカソンヌ的な「タイル」を使って、得点条件に合うように、自国を発展させていくゲーム。ゲームによって、得点条件は変動する。
たとえば「牛」の数が得点条件になる回だったら、牛が貴重になるし。そう言った中で引いた「タイル」は自分で値付けして、購入する。なお、値付けしたものを自分が買うわけではなく、値付けした上で、「オークション」にかけ、買う人がいなければ、自分で購入する、という流れになっている。法外に安いと他人に割安で買われてしまうし、法外に高いと、自分で高値で購入しなければならない。
そうして得たタイルをカスタムして、自国を発展させていく。
カルカソンヌで、「あーあれがあればよかったのに!」というやつを、自分で買えたりするので、窮屈じゃないカルカソンヌという感じで、とっても楽しかった。
テラミスティカ
→これも少しサイズに似ている感じの重ゲーだろうか。「自国」の特色に応じた発展性を生かして、どんどん勝利点を得ていくゲーム。これ、めちゃくちゃ楽しいです。テラミスティカw と言ってしまいます。言わなかったですけど。
ヘヴン&エール
→自陣の畑にビールに必要な資材を埋めて収穫を行う。「日向」に埋めていると、資材が生産され、「日陰」に埋めていると、「資金」が生産される。このゲームが面白いのは、生産を能動的に行うことが「1度きり」という点。例えば、「酵母」の生産を行いたい場合に、「酵母」を1度生産したら「精算済み」となり、「酵母の生産」二度と利用できない。その1度きりで、いかにシナジーを生み出せるか、という点。
村の人生
→プレイヤーは、ワーカーを利用して得点を得ていくのだが、最終的にそのワーカーはどんどん死んでいき、新しい世代に移っていく。そのワーカーたちが残した成果で、勝利点が生み出されていく。つまり「村の人生」を神視点で眺めるゲーム。いかにワーカーの寿命を節約するのか、あるいはバンバン殺して循環させるのか。といった検討があり、なかなか面白かった。
とりあえず思い出せる限りだと以上ンヌですかね。
ポマイラもワイが買うゲームの判断材料などにするからプレイ記など上げろよ~
この記事の生産性、なしだな
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